Cosmos Story SS
1「時期外れの転入生」
LEVEL5-NO.9
6月上旬。未来都市に住む少年、コスモス=フォルティッシモは、いつも通り教室に向かっていた。
(夏休みまであと1ヶ月もあんのかよ・・・もう不登校になっちゃおうかなぁ。別に退学になってもいいから自由が欲しい)
そんなことを考え、コスモスは教室のドアを「チーッス」と言いながら開けた。
次の瞬間。
「コォォォォ―スモスちゃぁぁぁんッ!!!」
ダァァン!!と飛び掛かってくる男の影が3つ。コスモスはそれを見てキュピーンと目を光らせた。そして、
「・・・シャウラァァァッ!!」
何だかよく分からない声を発しながら、目にも止まらぬスピードで必殺、コスモス拳法を繰り出す。
バキメゴグシャッ!!という妙な効果音と共に、3つの影はあっけなくぶっ飛ばされた。
「・・・甘いな」
コスモスがビシィッ!と決めポーズを決め、フフンと得意げに笑った。
「く、くそぅ、今日も失敗か・・・」
「・・・どんだけ反射神経いいんだよ」
「つーか何だ今の技・・・宇宙拳法?」
3つの影の正体は、学校最強の悪ガキ三人衆(通称:ライトニング・トライアングル)、ディーン=グレイディ、マット=スレイシャ―、ケビン=デッドソンだった。
「・・・ったく、毎朝毎朝襲い掛かってきやがって・・・一体何がしてぇんだよ」
コスモスが自分の席に座りながら言った。
「コスモスを倒したい」
ケビンがサラリと答える。
「そして、我ら『ライトニング・トライアングル』の名を高くしたいんだッ!!」
マットがコスモスの机をバァン!と叩いて言った。
「あぁ、そぉ・・・」
コスモスがうあぁ、とあくびをする。
「フフン、コスモスちゃんがそうやって余裕かましていられるのも今のうち。次こそはどんな手を使ってでも勝利をもぎ取ってやるZE!!」
ディーンが張り切った声をあげた。
(はぁ、こいつらマジめんどくせぇ・・・)
心の中でため息をつくコスモス。そこに、さらに2人の生徒が割り込んできた。
「コスモス!フライスに借りた本、まだ返してないんだって!?さっさと返しなさいよ!!」
いきなりコスモスを責めた女子は、学級委員長のネリー=プレイネス。短めの茶髪で身長は標準女子程度、はっきり言って見た目は結構平凡なコスモスの幼馴染みだ。私生活ではかなりのオシャレ好きだったりする。
「まぁまぁ・・・ネリー、落ち着いてよ。別に今すぐじゃなくたっていいんだしさ」
ネリーをなだめるさわやか系男子、フライス=エイジャー。ややツンツンの黒髪に緑色の瞳。身長はコスモスとほぼ同じで、制服は着崩すことなくピッシリとしている。
「1ヶ月返してもらってないんでしょ?それは酷い!今すぐ奪還しないと!下手したら捨てられるかもしれないわよ!!」
「いやだから、今はそんなに読んでない本だし・・・別にネリーが起こる必要も全く無いし・・・ていうかコスモスは捨てたりなんかするほど悪い人じゃないし・・・」
「甘い、甘すぎるわフライス!そんな性格じゃすぐ女の子に飽きられるわ!!」
「ええっと・・・」
たじたじのフライスを見ててかわいそうになったので、コスモスが口を開く。
「分かったから、返しゃいいんだろ。明日持ってくるからとりあえず黙れ。耳が痛いっつの」
「その言い方は何よ?ケンカ売ってんの?」
「お前じゃ俺に勝てねぇよ」
未来都市最強クラスの超能力者(レベル5)様がズバッと警告した。
「ぐぬぬぬ・・・」
「・・・キレ症なのかな?」
近くで見てたケビンが言うと、
「うるさい引っ込んでろ出来損ない三角形の一角が!!身をわきまえろ!!」
「出来損ないの三角形だと!?」
「俺たちゃ立派な正三角形だ!!」
「おてんば委員長にとよかく言われる筋合いはねぇな!!」
ライトニング・トライアングルの3人が立て続けに言った。完全にケンカ腰だ。
「んだとぉ!?」
「やるかぁ!?」
「望むところじゃボケ!!」
ドッターン!!バッターン!!というド派手な効果音と共に、3人(しかも男子)vs1人(しかも女子)の壮絶なプロレスが幕を開けた。なぜかネリーが優勢だ。飛び込んできたマットとケビンに両腕でラリアットを決め、ディーンには強烈なエメラルドフロージョンをお見舞いする。周りの群集が野次を飛ばすが、
「やめてよ4人とも!怪我したら大変だよ・・・?」
そんな中、1人の小柄な女の子が戦闘中の4人に声をかける。
学校No.1の美少女と呼ばれるティナ=スぺリアだ。グレーの透き通った瞳にクリーム色の鮮やかな長髪、学年で最も身長が低いため、とても愛らしさが出ている少女だ。
その声を聞いたライトニング・トライアングルの3人はパッと戦いをやめた。ネリーに一方的にやられていたので、ボロボロだ。急に戦闘中止になったため、ネリーが勢いですっ転んだ。
「悪ぃ、ティナ・・・」
「つい熱くなっちまってな」
「これからは気をつけるぜ」
そうか、これが美少女パワーかと、コスモスは感心した。
「ティナ、ありがとな」
コスモスはとりあえずお礼を言った。ネリーが「オラァァァ!!まだ戦いは終わってないぞ直角三角形どもォォォ!!」と興奮しているが、関わってもろくなことがないので放っておいた。
しばらくして、コスモス達いる教室のドアから1人の女性が入ってきた。銀髪で黒いフレームの眼鏡をかけたスタイル抜群の美人だ。
シェチル=トレッタ。コスモスのクラスの担任だ。意外と毒舌だったり、短気だったりする。
「はい皆さん席について!」
クラスのメンバーはのろのろと自分の席に着いた。
「えー、今日は皆さんにビッグニュースがあります。実は」
「先生ついに結婚ッスか!?」
「えっ!?マジで!?」
「違うわアホ!黙って聞いてろ!!」
マットとディーンが茶化したが、シェチルは教師らしからぬ言葉づかいで全力否定した。
「コホン・・・えー、今日から転入生が追加です」
シェチルの発言に、ざわざわと教室がざわつく。
「せんせ~い、男?女?オカマ?」
「女の子です」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」」
十数名の男子の雄叫びが上がった。興奮状態だ。
(この時期に転入生かー・・・どんなやつだろ)
「それじゃあどうぞ、入ってきてくださーい」
シェチルの声と共に教室のドアが開けられた。橙色の髪の右側だけ下ろし、残った髪は後ろで結んでおり、物静かそうな顔をした少女が入ってきた。
「や、やべぇ・・・タイプだ!!」
「なんか・・・なんだ、なんつーかほら、ネリーみたいなおてんばよりこっちの方が委員長ぽいっつーか・・・!!」
「ちょ、どういう意味!?」
「はーいみんな静かに!・・・じゃあ、自己紹介どうぞ」
はい、と女子生徒は静かに返事をした。
「龍ヶ崎学院から来ました、エレナ=アルトスです。よろしくお願いします」
拍手が起こった。生徒達が再び騒ぎ始める。
「見た目じゃなくて中身もタイプだ・・・ッ!!もう結婚ね、俺とお前結婚ね!!」
「黙れよマット!あいつは俺のもんだ。自分がそれなりイケメンだからって調子乗ってんじゃねぇぞ!!」
「龍ヶ崎って、あの有名な私立高校じゃ・・・?」
「何でうちに来たんだろ?ここ、大したことないのに」
そんな中でも、エレナは全く表情を変えなかった。照れたり驚いたりする様子が一切ない。
感情乏しいヤツだな、コスモスは思った。が、次のシェチルの発言で、コスモスの思考回路が乱れかけた。
「実はエレナさんは、未来都市にいる超能力者(レベル5)の第9位なんですよ。すごいですね~」
「なぶわぁ!?お、お前も!?」
コスモスは思わず席を立ってしまった。クラスのメンバーがコスモスに注目する。エレナもジロッとコスモスの方を見た。
「・・・どういうこと?」
ここで、今まで黙っていたエレナ尋ねる。
「お前も超能力者(レベル5)なのか!?ちくしょう、これじゃただでさえカオス極まりない俺の日常がさらにエグいことに・・・!?」
コスモスは頭を抱えて悶えた。エレナは不審そうにコスモスを見ていたが、急にハッとした表情を浮かべた。そして、コスモスの席につかつかと歩み寄ってきた。
「まさか・・・アンタが噂の第3位?」
「・・・そ、そうですけど・・・何か?てか、噂?」
「やっぱりか・・・」
エレナが納得したように言った。
「大小様々な事件に首を突っ込んでいる熱血派超能力者(レベル5)・・・巷じゃ結構有名よ。知らなかったの?」
「へ、へぇ・・・そーなんですか・・・」
コスモスは視線をエレナから逸らした。
「・・・何かパッとしないやつね・・・。ま、とりあえず超能力者(レベル5)同士、よろしくね」
「・・・はーい、よろしくー・・・」
何か怖い。
コスモスは久々にそんな感情を抱いた。
昼休み。コスモスはネリー、フライスと一緒に弁当を食べていた。
「アンタ、何であんなにギャーギャー言ってた訳?いつものアンタなら『仲良くしようぜ!』とか言ってまとめてんのに」
「・・・あのな?相手は名門私立高校から来た超一流能力者なんだぞ?いつもの楽観的思考で接せられると思う?・・・無理、無理なんですよ」
コスモスが弁当に入っていウインナーをザクザク刺しながら言った。
「いや、一流なのはアンタもでしょ?一応超能力者(レベル5)なんだし」
「・・・これ、中学の時にも言ったと思うけどさ」
コスモスがネリーの方を見た。
「俺、自分が超能力者(レベル5)だからって特別扱いされるの嫌なんだよね。普通に友達と仲良く接して楽しむ日常がベスト。だからこうやって一般の高校入ってんだよ」
「そういえばそんなこと言ってたね」
聞いていたフライスが言った。
「アイツが来たことによってまたちやほやされると・・・俺の理想が崩れるからな。どうにかしたいぜ」
コスモスが刺しまくっていたウインナーを、ようやく口に入れた。
しばらく黙っていたネリーが、口を開く。
「・・・まぁ、超能力者(レベル5)の悩みっていうのはイマイチ分かんないけどさ・・・いつも通りやればいいんじゃない?」
「いつも通り?」
「そ。だって、周り気にしてるコスモスなんて、コスモスらしくないもん。コスモスならコスモスらしく、エレナとも仲良くなっちゃえば?そっちの方が楽でしょ」
「・・・なるほどねぇ・・・」
コスモスが腕を組んだ。コスモスが腕を組んだときは、真剣に考え事をしているというサインだ。
「・・・なるほど、確かに性に合わねぇな」
コスモスがぼそりとつぶやいた。
それからしばしの沈黙。さすがに耐えきれなかったのか、フライスがコスモスのチーズハンバーグを見て言った。
「コスモスの弁当ってさ、いつも美味しそうだよね。手作りなんでしょ?すごいなぁ」
「ん?あぁ、いやぁ、そうでもないと思うけど」
妙な雰囲気を払拭しようとしたんだな、と思い、コスモスは心の中で苦笑した。
「僕、こんなに上手に作れないよ。ねぇ、ネリー?ネリーもコスモスの料理、上手だと思うよね?」
フライスがネリーに尋ねる。
「・・・ま、私ほどじゃないかなぁー?」
ネリーはなぜか勝ち誇った目でコスモスを見た。少々イラッときたコスモスだったが何とか自制し、
「じゃあお前の見せてみろよ」
「フフフ・・・これだ!!」
ババーン!!と公開されたのは、なんと冷凍食品の詰め合わせ。
思わずポカーンとする男子2人組。その様子を見ネリーは、なざかさらに自慢してきた。
「どう?すごいでしょ?こんなに上手な弁当、見たことないよね?いやぁ~、私って本当にすごいわぁ~」
「・・・・・」
「・・・えっと、ネリー?」
フライスが恐る恐る声をかける。
「冷凍だよね、それ」
「ぬぼわぉあッ!!?な、なぜ分かった!?」
「いや明らかに冷凍食品程度のクオリティーだしそれを自分が作ったみたいに言うとかどんだけ低い次元にいるんだよって思わざるを得ないしていうか冷凍の方がコスモスのより上だとか考えてるとかお前は節穴eyesかよって感じだししかも」
「ちょ・・・!!す、少し冗談言っただけじゃない!!何でそんな呪いみたいな口調で責めるの!?ていうか、フライスはそんなキャラじゃないはず・・・一体何があったのよ!?」
「闇の支配者様グへへへへへへへへ」
「うぇ!?フライスの精神が崩壊状態!?」
フライスとネリーのアホトークを呆れた目で見ながら、コスモスは弁当を完食した。と、そのとき、
「第3位」
唐突に声をかけられた。振り向くと、転入生の超能力者(レベル5)、エレナ=アルトスが立っていた。コスモスは、いつも友達と話すような気軽さで、
「おう、何か用?・・・それと、俺の名前は第3位じゃねぇ。コスモス=フォルティッシモだ」
「呼び名なんてどうだっていいでしょ」
エレナがズバッと言った。無駄に固いヤツだなとコスモスは思った。
エレナがコスモスを見ながら、
「少し話がしたいんだ。来てくれない?」
コスモスは驚いた。今から自分がやろうとしていたことを、エレナが先に仕掛けてきたのだ。
「あ、あぁ。別に構わねぇけど」
コスモスとエレナが来たのは屋上だ。何でわざわざこんなところに来るのだろうと思ったが、敢えて何も言わなかった。
「・・・んで、話ってなんだよ」
コスモスが、屋上からの風景をずっと見ているエレナに尋ねた。
「今日アンタを見てて思ったんだけどさ」
エレナがジロリとコスモスを見て、話し始める。
「・・・アンタ、超能力者(レベル5)らしくないよね」
「・・・・・・・・はい?」
「朝の時も、私を見て1人勝手に困り切ってたし、あんなに他の人と楽しそうにしてる。相手からどんなことをされても、自分の能力では一切反撃しようとしないし」
「それだけのことで・・・俺が超能力者(レベル5)らしくないと?」
コスモスは自分の生き方を否定されているようで、少し不快な気持ちになった。やはり、自分以外の超能力者(レベル5)は自分とは全く違うのかと思ったが、
「・・・アンタさ」
エレナが話を続ける。
「他の超能力者(レベル5)がどんなヤツか知ってる?事あるごとに自分が優れたものだと自慢するやつ、能力を乱用して他を寄せ付けないやつ・・・どいつもこいつも外道ばかりなんだよ」
まぁ、雪城女学院の2人はまた別だけど、とエレナがつぶやいた。
「そう、なのか?」
「そう。私、そういうやつら嫌いなんだよね。超能力者(レベル5)なんて、しょせんランク付けされた飾りにすぎないのにさ・・・そうやって勘違いしてるのが腹立つんだよ」
エレナがどこか遠い目をしながら言った。もしかしたら、前の学校にそのような超能力者(レベル5)がいたから、エレナはこんな平凡なところに転入してきたのではないだろうか。
「でも、アンタは違った。普通に、良いヤツだった。だから・・・ちょっと安心したんだよ」
エレナがコスモスの方を見て言った。
「そうか」
コスモスは短く応答した。続けて口を開く。
「俺も、そういうやつらはは嫌だよ。力ってのは、自分のちからを自慢するためにあるんじゃない。何かを助けたり、守ってあげたりするためにある・・・って俺は考えてんだけどさ」
「助けるため、守るため・・・ね。いかにも熱血派らしい考え」
そう言われ、コスモスは苦笑した。
「でもさ、超能力者(レベル5)ってなると、やっぱり自分の力に変な自信を持っちまうんだろうな。その力を周りに振りかざして強さを証明するんじゃなくて、みんなの役に立つように使えばいいのにな」
「・・・そうね」
コスモスとエレナは、それからしばらく無言だった。
エレナがハッとしたように、
「悪いね、急に意味の分からない話しちゃって」
「ハハッ、全然構わねぇよ・・・むしろ良かったぜ、こうやって話せて」
コスモス笑いながら言った。
「何でさ?」
エレナが尋ねる。
「お前を最初見たとき、気が合わなさそうだなー、とか思ったけど」
間をあけ、コスモスはこう言った。
「俺たち、こうやって友達になれたじゃん」
コスモスの発言に、エレナは思わずキョトンとしてしまった。なんて単純な男なんだろうと思った。しかし、なぜか胸がドキッとしてしまった。それが一体何なのか、エレナには分からなかった。
「あぁ、そうだ」
コスモスが何かを思い出したように声をあげた。
「な・・・何?」
「何って、友達になった記念だよ」
コスモスはポケットからスマートフォンを取り出した。そして、それを顔の横で軽く振りながら言った。
「メルアドと電話番号、交換しようぜ」
2「悩める無能力者」
Beleagured Boy
最初に言っておくが、隻眼の少年、ノイアー=クラウンは本当に不幸な男だ。超能力溢れるこの街で、最低ランクの無能力者(レベル0)。力をつけるために作った組織は崩壊。今では暗部組織『ゴールド』の下っ端で、雑用の日々だ。オマケにノイアーの使っている『ゴールド』の隠れ家の自室には、恐怖の同居人がいる。
エミア=パルシエル。もともと、『RED』のリーダーをやっていた頃からの知り合いではあったが、とある事件をきっかけに互いの仲が深まった。ここまでは良かったのだが、所詮ノイアーはいつまで経ってもノイアーなのである。エミアは大能力者(レベル4)。戦闘系の能力ではないとはいえ、とてもではないがノイアーとは 地力が違いすぎる。おかげさまで、ノイアーの日常はバイオレンス極まりないものとなっている。
そんなノイアーの日常にちょっとした変化があったのは、5月の下旬のことだった。
「ノイアァァァァーーーーッッ!!!」
いつも通り、エミアの叫び声で、ノイアーはたたき起こされた。
「・・・っるせぇなぁ・・・こちとら日々雑用で疲れ切ってんだっつの。もう少し休ませて・・・」
「ダメーッ!!」
また布団をかぶろうとしていたノイアーから、エミアは超高速で布団を綺麗に取り上げた。
「ちょ・・・何すんだよ!」
「起きろ!!もう8時だ!!いくら今日が休暇だからって怠けてはいけないんだぞ!!」
エミアが言った通り、確かに今日は週に一度のありがたい、ありがたーい休日だ。雑用のノイアーにとっては、唯一リフレッシュできる日なのだ。だが、エミアがいると、もうめちゃくちゃだ。
「いいから布団返せゴラ!休日だからこそ寝るんだよ!明日からまた続く雑務に備えるためにな!!だから返せ!返せったら返せ!!」
「あっ、そうだノイアー」
「さらっとスルーしてんじゃねぇ!!殴るぞ!?」
ノイアーが怒鳴るが、エミアは気にもしていない。
「結局、今日は暇なんでしょ?」
「寝ることで精一杯です」
「だったらちょっとお出かけしない?せっかくだし」
またスルーかよ・・・とノイアーが肩を落とす。
エミアのわがままは絶対だ。そんな訳でノイアーとエミアは、かつて『BLUE』との戦いを場となった、最近完成した第24学区の駅ビルへと向かった。
駅ビルまでは、ノイアーの無免許運転で向かった。もはや当たり前のことなので、違和感はまるでなかった。ノイアーとエミアは駅ビルにある女物のアクセサリーショップに来ていた。男子のノイアーにとっては超どうでもいい空間だが、エミアは次々とアクセサリーを手に取っては、試しにつけてみたりしている。
「あっ、ノイアーこれ!」
エミアが花飾りのついたペンダントを手にした。
「これ、かわいいよね?」
「まぁまぁ」
「かわいいよね!?」
「はいよ」
「真面目に答えろ!!」
エミアが叫んだので、ノイアーは『あーもう!』というと、
「ああ、確かにかわいいな。お前に似合うかもな」
「本当?」
「あー、うん」
「本当にそう思う?」
「あいあい」
「じゃあ買って!!」
「うん・・・って、はぁぁッ!?」
突然購入を命じられたので、ノイアーが猛抗議を開始する。
「いや待てエミア!それ、ブランド物だよな!?ホラ、見えるか読めるか理解できるか!?25400円(税抜)だぞ!!」
「うん、じゃあじゃんけんね」
「意味分からないし!?」
「私が勝ったらノイアーが全額支払い、ノイアーが勝ったら割り勘ね」
「どっちにしても俺は代金払うのかよ!!不平等だ!!」
ノイアーが嘆きの声をあげるが、
「最初はグー・・・」
「おい聞けよ!?」
「じゃーんけーん」
「ああもう!!」
「ポンッ」
もうほとんどヤケクソで、ノイアーはチョキを出した。
だが、エミアの拳はしっかり握られていた。チョキとグー。無論、チョキはグーに勝つことはできない。
「よっしゃ!」
エミアがガッツポーズをとる。ノイアーは地面に両手両膝をつき、がっくりとうなだれた。
「私、ちゃんと『最初はグー』って言ったじゃん。バカだなーノイアー。さすが無能力者(レベル0)」
「・・・それ、関係ねぇだろ」
昼食の時間になったので、2人はフードコートにやってきた。ノイアーが購入したペンダントをつけ、エミアは上機嫌に鼻歌を歌っている。ノイアーは照り焼きバーガー、エミアはチーズバーガーをそれぞれ食べている。代金はノイアーの全額払いだ。
「・・・あのさ、たまには自分で払おうとか思わないのかよ?俺の出費が凄まじいんですが?」
「んー、思わない」
「お嬢様かお前は」
ノイアーは呆れたようにつぶやき、照り焼きバーガーにかぶりつき、ペットボトルのコーラを飲んだ。
「俺が『RED』のリーダーやってたときもそうだったよな。すこしは変わろうとは思わねぇの?」
「全然」
エミアがチーズバーガーを食べながら即答した。
「何でだよ・・・」
「私が大能力者(レベル4)でノイアーが無能力者(レベル0)だから」
エミアが笑顔ではっきりと言った。確かにエミアは大能力者(レベル4)。無能力者(レベル0)のノイアーとは格が違う。
エミアの力は『物質解析』(マターアナライズ)。その名の通り、あらゆる物質を即席で解析してしまう能力だ。かなり特殊な能力らしく、かつてこの駅ビル内で、『BLUE』のドラード=ロドリゲスという人物にその能力を狙われたこともある。ノイアーは、それからエミアを守ったのだ。
だが、結果はこのザマだ。
「ノイアーってさ、少しはレベル上げようとか思わないの?」
「いや・・・別に」
「何で?この街は能力者の街だよ?なのにノイアーはずっと能力がなくいいっていうの?」
エミアが強く言ってきた。ノイアーはムッとした表情を浮かべると、
「気にしちゃいねぇよ、別に。そこまで不便してねぇし」
「・・・ダメだなぁー、ノイアー」
エミアが人差し指をノイアーに向ける。
「そんな風に思っているから、いつまで経っても無能力者(レベル0)のままなんだよ!少しは気持ちを切り替えたらどうなの?」
エミアが叫んだ。ノイアーは黙り込んでいたが、やがて口を開いた。
場違いなほど凄味のある声で。
「・・・何様だよ、テメェ」
「え?」
ノイアーの言葉の圧迫感に、エミアは少し戸惑った。
「さっきから偉そうにああだのこうだの言ってるけどよ、お前は今の俺じゃ不満なのかよ?無能力者(レベル0)のままじゃ不満なのか?」
「それは・・・」
「俺は今の俺に満足してる。能力を使えなくたって、全然構わねぇ。こうやって生活できてるだけで十分なんだよ」
エミアはノイアーの言葉に押され、うつむいた。
「どうなんだよエミア?」
ノイアーが尋ねる。だが、エミアは黙って下を向いたままだ。
そこで、ノイアーの中にあった小さな怒りが爆発した。
「・・・・・あぁ、そうかよ」
ノイアーは、椅子から立ち上がった。
「無能力者(レベル0)が嫌だっつーなら、もっと強いやつのとこに行きゃいいだろうが!!あぁ、ネルスと一緒にいればいいんじゃねぇか?あいつは超能力者(レベル5)だし、俺よりも尽くしてくれると思うぜ?ファーカルでもいいし、女同士でピューロやサネスでもいいじゃねぇか!わざわざザコの俺と一緒にいる必要なんかねぇだろうが!!・・・なんだよ、体張って、銃弾で撃たれてまで助けるんじゃなかったぜ!!さっさと見捨てときゃよかったよ!!」
そう言い残し、ノイアーはエミアを置いて行ってしまった。
「ちょ・・・ノイアー!待ってよ!!」
エミアが呼び止めようとしたが、ノイアーは振り向いてもくれなかった。
エミアは唇を強く結び、ただ後悔した。自分の言葉でノイアーを傷つけてしまった。エミアは涙をこらえながら、その場にただ立ち尽くした。
「クソが・・・何ブチ切れてんだよ俺・・・」
後悔しているのはノイアーも同じだった。エミアの自己中心的な性格には慣れているのに、なぜか今日は感情を抑えられなかった。
ノイアーは先ほどのフードコートからかなり離れたところにあるベンチに腰かけていた。何もする気になれない。無気力とはこのことを言うのだろう。ノイアーは自分自身に苛立ち、自分の髪をガシガシと乱暴にかきむしった。
そのとき、
「おぉ、お前は・・・」
男の声が聞こえた。どこかで聞いたことがあるような声だ。ノイアーは声の主の方を見た。茶髪の髪に中肉中背、整った顔立ちにシンプルなTシャツとジーンズを着た少年だった。一度だけだが、面識がある。第3位の超能力者(レベル5)だ。
コスモス=フォルティッシモ。かつてノイアーが『RED』のリーダーを務めていた頃に戦った男だ。コスモスはノイアーの顔を見ると、友人に声をかけるような気軽さで言った。
「よう、久しぶりだな。元気にしていたか?」
「・・・ずいぶん馴れ馴れしいな」
ノイアーはぶっきらぼうに言った。自分を暗部の下っ端まで叩き落としておいて、よく話しかけられるなと思った。
「いいじゃねぇか。こんなところでピリピリしてたら、周りから変な目で見られるだろ」
「ごもっともな意見ありがとな」
「・・・ひょっとして怒ってる?」
コスモスが軽く首を傾げて尋ねてきた。この間戦ったときの真剣さがなかった。普段はこういうやつなのかと、ノイアーは少し驚いた。
「そんなにキレてるように見えるか?」
「うん、バリバリ」
ノイアーの問いかけに、コスモスは即答した。ノイアーは軽くため息をついた。
「あ・・・もしかしてこの間のこと、まだ根に持ってたりする?」
「いや、あれは別に構わねぇよ。悪事しているのを見たら、止めに来るのは当然だからな」
「はは、何だ。自分のやったことが悪いことって自覚してたのかよ」
コスモスは軽く笑いながら、ノイアーの隣に腰かけた。
「・・・で、どうだ?」
コスモスは、ノイアーと視線を合わせないまま言った。
「何がだよ」
「やり直せたか?」
コスモスがノイアーと決着をつけるときに言った『やり直す』チャンス。コスモスは、ノイアーがそれをしっかり有効的に使ってくれたか尋ねたのだ。
「・・・さぁ、どうだろうな」
ノイアーが口を開いた。
「一応、自分なりに変わろうとはしてるつもりだ。俺、あれから別の組織の下っ端まで位を落とされちまってな。毎日雑務ばっかしてんだ」
「下っ端か・・・そりゃ大変だな」
コスモスが苦笑する。ノイアーもそれを見て苦笑した。
「正直だりぃよ。だけど・・・そんな中でようやく自分のやるべきことを見つけたんだ」
コスモスはノイアーの方を見た。
「昔から仲間でエミアってやつがいるんだ。そいつ、すげぇレアな能力をもってんだよ。おかげさまでいろいろなやつらから狙われてな・・・俺、思ったんだ。守ってやりたいって、少しでも力になりたいって。・・・この間一回助けてやったんだよ」
ノイアーの話を黙って聴いていたコスモスは、ここで口を開いた。
「・・・へぇ、ちゃんとやり直せてんじゃん。安心したぜ」
「あぁ・・・だけど・・・」
「ん?」
ノイアーが話を続ける。
「さっき、そいつとちょっとケンカしちまってよ・・・それでちょっとイラついてんだ」
ノイアーはエミアとの出来事をを、コスモスに話した。
「なるほどねぇ・・・」
コスモスはベンチの背もたれにもたれかかり、腕組みをした。
「まぁ、どっちもどっちじゃねぇか?お前はお前で心を広く持って、エミアってやつは無能力者(レベル0)のお前を受け入れられるようにすればいいだけのことだし」
サラリとコスモスは言った。
「だけど、そんな上手くいかないよな、人間関係って。一緒にいる間に不満が募れば、どっかで破裂する。風船みてぇなもんだな」
「風船ねぇ・・・」
上手い表現だとノイアーは思った。
「でも」
コスモスが言葉を区切って続けた。
「きっと、そのエミアってヤツは、お前のことを必要だと思ってんじゃないのかな」
「・・・どうしてそう思うんだ?」
コスモスがノイアーの思ってることとは正反対のことを言ったので、思わずコスモスに問いかけた。
「だってさ」
コスモスは、薄く微笑みながら言った。
「本当に必要ないなら、わざわざ一緒にいたりしないだろ?・・・きっと、お前が優しいから、そうやってちょっと当たっちゃってるだけだと思うぜ?」
「そう・・・なのか?」
「あくまでも俺個人の意見だけどな」
それでも、コスモスの言葉には説得力があった。多分、コスモスの言うとおりなのだろう。ノイアーはそう思った。
「戻ってやれよ。きっとまだ待ってるんじゃないかな」
コスモスが言った。ノイアーは「あぁ」と返事をし、立ち上がった。
「ありがとな」
そう言って、ノイアーは先ほどエミアと別れた店へと向かった。
コスモスはその姿を見送り、
(さて、俺も家で腹すかせてるやつのところに戻るとしますか)
エミアはフードコートに残っていた。ノイアーはエミアの元に急いで向かった。エミアは、驚いた表情を見せた。
「ノイアー・・・?」
「エミア・・・悪かった。さっきはブチ切れたりして」
ノイアーは、素直に謝った。
「ううん・・・私だってノイアーが無能力者(レベル0)だからって、いろいろいったりして・・・ごめん」
エミアが謝るのを見て、ノイアーは思った。
・・・やっぱり、アイツの言ってた通りなのかもしれないな。
だとすれば、ノイアーのやるべきことはただ1つ。
エミアのそばにいて、ずっと守ってあげること。
「・・・んじゃ、仲直りの証として、今日の夜はパーッと何か食うとするか!」
ノイアーがエミアを元気づけるように言った。エミアは「うん」と返事をして、座っていた椅子から立ち上がった。そして、
「・・・じゃ、ステーキをよろしく!!」
「うげぇ・・・ッ!?」
3「闇の世界へようこそ」
Welcome to the Darkness World
トライ=マクスウェルが目を覚ましたのは、どこかの建物の一室だった。コンクリートが剥き出しになっているため、どことなく不気味な雰囲気が出ている。
(どこだ・・・ここ?)
トライはベッドの上に寝ていた。第3位との戦いに敗れたあと、クレー=バレンシアという少女にゴム弾で撃たれ気絶し、それからここに運ばれたのだろう。
「起きたか」
トライの寝ているベッドの横に、椅子に腰かけている男がいた。
「・・・誰だ」
「カーネル=ディーグ、ここの組織の下っ端だよ。元々は他の組織のまとめ役を務めていたんだがな」
カーネルと名乗った男は苦笑しながら言った。
「前に、統括理事会に反発するために連続爆破を起こしてな。そのときある人物に止められ、今じゃ毎日雑用だよ」
ある人物・・・もしかしたらあの忌々しい第3位だろうかと、トライはぼんやり考えた。体を起こしてみたが、第3位との戦いの影響もあるせいか、どうも辛い。体には、かなり鈍い痛みもある。
「もうそろそろ迎えが来ると思うけどね」
カーネルがドアの方を見て言った。
「迎え・・・?」
「どうやら君は、私たちのような雑用ではないらしい。まったく、うらやましい限りだよ」
正直言っていることはいまいち分からなかったが、とりあえず雑用という扱いではないということは分かった。クレーというあのとき現れた少女は、『スコーピオン』という組織だと言っていた。裏の世界で暗躍する組織らしいが、どんなことをするのか、どのようなメンバーがいるのか、全く把握ができていない。
(・・・訳分かんねぇな)
トライは心の中で毒づいた。
と、そのとき、部屋のドアが開いた。
「お待たせしました」
入ってきたのは、茶髪で青いサファイアのような瞳の、12,3歳くらいの少女。トライを闇の世界へ引き込んだ張本人、クレー=バレンシアだった。幼い少女なのに、なぜか異様な威圧感がある。
「リーダーのハワードさんと話がつきました。トライさん、あなたは今日から私たちと同じ、『スコーピオン』の正規メンバーです」
クレーが淡々と告げた。
「・・・おい」
トライが威嚇するような低い声で、クレーに声をかける。
「何でしょうか」
「『スコーピオン』ってのは、具体的にどんなことをする組織なんだよ?俺は何も聞いてねぇぞ」
「いろいろです」
あまりにもざっくりとした答えだった。トライの表情が苛立つようにピクンと動いた。
「だからそのいろいろを教えろっつってんだろうが。こっちはいきなりこんなとこに送り込まれて、ちっとばっかイラついてんだぞ」
「ここに来ると決めたのはあなたでしょう?私に怒りを向けられても困ります。・・・詳細については、後々分かってくると思いますよ」
相変わらず、クレーは感情の全くない声で返答するだけだった。トライはどうでもよくなり、黙り込んだ。
「さて、トライさんには早速初陣に出てもらいましょうかね」
クレーはそう言いながら、再びドアを開けた。
「ついてきてください」
トライは小さくため息をつき、のろのろとクレーのあとについていった。
長い廊下を、クレーとトライは歩いていた。どこの学区のどんな建物の中なのか、見当もつかなかった。
「トライさんは、『武装集団』(スキルアウト)のことはご存知ですか?」
クレーが唐突に質問してきた。
「あん?・・・あぁ、武装した無能力者(レベル0)の集まりのことだろ?一応知っているけど・・・それがどうした」
「ここ最近、『武装集団』(スキルアウト)の行動が活発で、上層部が困っていましてね。監視が行き届かない場所に潜伏して、特殊な兵器を作りだしたり、研究施設を襲撃したり、機密事項の情報をハッキングなどで盗み出したり・・・この間は統括理事会のVIPの1人の住居を占拠しようとしたりもしたそうです」
クレーはトライの方を見ようともせず、歩きながら淡々と言った。
「そこで、私たち『スコーピオン』に依頼が来たという訳です。『武装集団』への攻撃という単純なものです。といっても、『武装集団』にも大小様々な集まりがあるので・・・その中で最も大きい勢力を一掃します」
「・・・ハハッ、おいおい」
トライは思わず笑ってしまった。
「どんな大仕事があるのかと思えば、相手はクズの集まりじゃねぇかよ。やる気失せちまうぜ」
「・・・そうですね」
クレーは立ち止まった。そして、トライの方を向く。
「いいことを教えましょう。こっちの世界では、人の命の価値なんて、これっぽっちもないんですよ」
さらりと恐ろしいことを言った後、クレーはトライに突き刺すように告げた。
「つまり、あなたの大好きな殺人ごっこもやりたい放題ということです。おいしい話でしょう?」
冷ややかな、相手を見下すような言い方だった。トライは歯ぎしりをし、クレーをにらみつけた。
「テメェ・・・何様だよ」
「事実を言っただけですが、余計でしたかね?」
「殺されてぇのか?」
「あなたが私に対して殺意を持つのは大いに結構ですが、仕留めるのは無理でしょうね。地力が違いすぎます」
その言葉を聞き、トライは右腕を思い切り振るった。コンクリートを一撃で粉砕し、人間の骨をビスケットのように簡単に砕く拳がクレーに迫る。
・・・が、当たらなかった。
いつの間にか、クレーの姿は消えていた。
「な・・・!?」
そして、気が付けばトライは地面に叩きつけられていた。何が起こったのか、さっぱり分からなかった。
「言ったでしょう、地力が違うと」
クレーは、最初からそこにいたかのようにトライを見下ろしていた。
「私の能力は空間移動系なので、トライさんの単純すぎる攻撃を避けることなど、たやすいことです。それに、こちらから攻撃することも。下手に逆らわないことをお勧めします」
そう言って、クレーは紙束をトライに渡してきた。
「・・・何だよこれ」
「今日のターゲットについての資料です。有効に使ってくださいね。では、見当を祈ります」
それだけ言うと、クレーはさっさと歩いて行ってしまった。トライはゆっくり起き上がり、資料へと目を通した。しばらく読み続けたあと、紙束をぐしゃりと握りつぶした。
そして、ニヤリと笑う。
「・・・上等じゃねぇかよ」
とある学区の路地裏で、トライは護送車を降りた。ここに今回のターゲットの溜まり場があるらしい。路地裏の雰囲気はやっぱり好きだなと、トライは思った。薄暗く、不気味な感じが感情を自然と高ぶらせてくれる。と、その時、トライのスマートフォンの着信音が鳴った。画面には『登録6』とだけある。
「ハワードか」
『ああ、そろそろ時間かと思ってな』
ハワード=マーケイキス。『スコーピオン』を取りまとめるリーダーだ。一度あったが、体格ががっちりしていて威厳がある男だったと記憶している。
「わざわざどうも。用件はそんだけか?」
『いや、一つだけ』
ハワードは落ち着いた声で話す。
『余計なことは考えるな。いつも通りやれ。一切の遠慮、慈悲はいらないからな』
「・・・・・・フン」
トライは鼻で笑った。
「今更何言ってやがる。最初からそのつもりだ」
『そうか』
ハワードは、特に反応を示さなかった。
『クレーとギルはすでにそちらに到着している。ジュニダのやつは別任務だが・・・まぁ、3人だけで十分だろう?』
「舐めんな。ザコなんぞ1万人相手だとしても、1人だけで十分だっつの。甘く見んなよ」
『強気だな、いいことだ』
「どうも」
そう言って、トライは通話を切った。
(・・・細かいことは考えない。現れた獲物は確実にぶっ潰す)
自分に言い聞かせ、トライは歩き出した。
『スコーピオン』の正規メンバー、ギル=フォレイスは、すでに十数人の『武装集団』を潰していた。黒髪に黄色の瞳、センスのない緑色のTシャツを身に着けた、パッと見は一般的な少年だ。だが、彼もまた闇の住人なのだ。
「さてさて・・・」
ギルは足元に転がっていた男を、気軽な調子で軽く蹴り飛ばす。
「ザコとやり合うのも飽きてきたな。そろそろ大将さん出てきてもいいんじゃね?マジに退屈なんスけど・・・」
つか、クレーに先越されてたりして・・・とつぶやき、ギルは歩き出そうとした。その時、
「なら、相手をしてやろうか?」
低く、野太い男の声が耳に届いた。ギルはピタリと足を止め、振り返った。190cmは超えているであろう大男だ。筋骨隆々で、短くやや薄い黒色の髪。服装は黒いジャケットだ。
「・・・噂をすればってやつか」
ギルがニヤリと笑った。
「よぉ、現『武装集団』の統帥、ジャネス=ビーターさん。俺が何しに来たか、言わなくても分かるよな?」
「上から言われて俺たちを潰しにきたか・・・。これまで何度も返り討ちにしてやったというのに・・・懲りないヤツらだな」
「そりゃただ単に、送り込まれてきたのが能無しのクズだったから、たまたま勝ててただけ。今回は勝ち目ねぇと思うけど」
ギルが大男を見上げて言う。ジャネスはフンと笑うと、
「・・・・・いたよ」
「あ?」
「いたさ。今までも、お前みたいなやつが・・・。最後には決まって無様に逃げ惑っていたがな」
「だーかーらー。下衆野郎共と俺を一緒にすんなっての、そういうのマジでウザいから。・・・言っとくけど、俺はかなり強いぜ?」
次の瞬間。
バチィィィ!!と、青白い電撃がジャネスを襲った。ジャネスは巨漢に似合わぬ素早い動きで、それを回避する。
「・・・なるほど、なかなか高位の能力者のようだな」
「まぁ、一応大能力者(レベル4)だからな。油断したら一瞬で貫かれるぞ?」
強気の口調で言うギル。しかし、内心は驚いていた。
(俺の電撃をかわしただと・・・?一体どうやって?)
「何でだと思う?」
「ッ!?」
気が付けば、ジャネスは目の前で拳を振り抜いていた。ギルは咄嗟に磁力を利用し、ギリギリのところで回避した。
「っぶねぇ・・・」
「表情から余裕が消えたな」
ジャネスが、薄い笑いを浮かべながら言った。
再びギルが電撃を放つが、ジャネスは一瞬で消え、それをかわす。そして、ギルの真後ろに出現し、とてつもない速度の回し蹴りを放った。
「にゃろ・・・ッ!?」
ギルは磁力を操り回避、しかしその勢いで壁に衝突してしまった。
ジャネスは無機質な瞳でギルを見据える。
「テメェ・・・そのスピードは!?」
「まぁ、貴様らのような化け物とやり合うんだ。多少のハンデがあったって、かまわないだろう?」
「・・・『発条包帯』(ハードテーピング)、か」
ギルがつぶやいた。
「俺の場合、主に脚だな。膝の靭帯、各筋肉、足裏まで・・・この程度か。他の箇所も戦力をあげるためにそれなりに補強しているが」
「簡易的な改造人間みてぇだな」
ギルが小さな声で言った。
「・・・今の俺を捕らえるのは、恐らく無理だろう。下がるなら今のうちだが?」
「ハハッ、そうだな」
ジャネスの言葉にギルは笑った。確かに今の彼に攻撃を当てるのは、至難の技だろう。
だが、
「・・・見くびりすぎ」
次の瞬間だった。
ジャネスの頭上から、巨大な何かが降ってきた。
青く、眩い、強烈な光。
それは、高電離気体。プラズマだ。
ズゴッシャアアアアアアァァッ!!という爆音と、バジバジジバジッ!!という電撃音が響く。周囲は焼き尽くされていた。
「・・・ったく、無駄に力使わせやがってよぉ」
ギルがブツブツ文句を垂れる。
「ま、これでギャラの大半は俺のもんだな。いやー、よかったよかった・・・」
ギルが立ち去ろうとしたときだった。
ダァァァァァァンッ!!と、ギルの体が砲弾のように数十m吹き飛んだ。ギルの体は、そのままダストボックスに突っ込んでいった。
「だぅ・・・がはッ!?」
何とか呼吸を整えようとするギル。そこへ、男の声が届いた。
「敵の生死を確認することを推奨するぞ」
ジャネス=ビーターだった。
高電離気体を叩き込んだにもかかわらず、その体には一切ダメージの跡がなかった。
「が・・・ぐっ・・・」
ギルが言葉にならない声を出す。
「俺の補強の精度を甘く見すぎていたようだな。残念だが、俺のは最新式の駆動鎧(パワードスーツ)、『空間移動型』(エリアムーブタイプ)なんだ。つまり、危険を察知すれば、十一次元上の論理ベクトルを介し、三次元の制約を超え移動するわけだ」
つまり、空間移動系統の能力者の力を、機械的に再現したということだ。
普通なら有り得ない。だが、この街の科学は不可能を可能にしてしまうほどの領域に達してしまっているのだ。
ギルは懸命に体を動かそうとするが、無意味だった。先ほどの一撃があまりにも重すぎた。
「俺にはやらなければならないことがある」
ジャネスが静かに言う。
「だから、もう邪魔をするな」
ゴォォォォォォォォンッッ!!と、ギルの埋もれていたダストボックスが粉砕された。赤黒い液体が飛び散り、地面や壁に付着する。
「・・・こんなものか」
ジャネスは相変わらずの無機質な声でつぶやいた。
クレー=バレンシアは、路地裏を単調な足取りで歩いていた。今のクレーは、袖なしの黒とオレンジのワンピースという、露出性の高い服装、こんな路地裏を歩いていると、不良辺りに襲われてしまいそうな格好だ。
しばらく歩いていると、十数人の男たちが、何やら作業をしてるところに遭遇した。一見すると、ロボットのように見えた。その先端部分に、導線らしいものがつながっている。おそらく、特攻型の爆撃ロボットだろうと、クレーは考えた。
すると、男の1人がクレーの方を見た。
「何だお前?ガキがこんなとこで何してんだ?」
ガキ、と呼ばれるのも毎度のことだ。何せクレーはまだ12歳。学校に通っていれば中学1年生なのだ。
男たちは作業をやめクレーの方に注目する。
「・・・おい、聞いてんのか?」
「いや待て、多分ビビってんだろ。優しくしてやれよ」
「どうしたお嬢ちゃん。道に迷っちゃったかな?」
クレーは無言のままだ。
「見てみろよ、コイツ、結構いい顔してるぜ」
「確かに上玉だな。そうだ、何なら俺たちと一緒に・・・」
「バカ、そっち方面はボスから禁止されてるだろうが」
「いいじゃねぇか。なぁ?」
そう言って、男の1人がクレーに触れようとする。
しかし、
ドゴシャッ!!と、クレーに触れようとした男が突然消え、数m先の換気扇に激突し、木端微塵にした。
「な・・・ッ!?」
男たちの表情ががらりと変わる。
「能力者だ!」
「この野郎、ぶっ潰すぞ!!」
男たちが武器を持って、1人の華奢な女の子に向かっていく。そんな異常な光景の中、クレーは小さくため息をつきつぶやく。
「・・・ムカつきますね、本当に」
そして。
まぁこんなものだろうとは、最初から分かっていた。
トライ=マクスウェルは数えるのが面倒なほど、『武装集団』を倒していた。だが、明確に今までの彼とは違う点が一つ。
まだ、誰も殺していない。どの相手も、せいぜい骨を折る程度にとどめているのだ。前日までのトライなら、まず考えられないことだろう。だが、なぜか今日はためらってしまう。相手の命を摘むことが、どうしてもできないのだ。
『いつも通りやれ』
ハワードの言葉に対し、自分はそのつもりだと言った。
だが・・・
(・・・どうしたんだ俺?)
自分にも分からない。
(相手が貧弱だから?やりがいがないから?・・・違う、これは、一体・・・?)
もしかしたらあの男・・・第3位との戦いを経て、無意識のうちに自分の中で何かが変わったのかもしれない。
(だとしたら何が?)
疑問は波紋のごとく広がる。
そのときだった。
「・・・ずいぶんな大物が来たもんだ」
低く、野太い声がトライの耳に入った。トライが振り返る。190cmは超えてるであろう、巨漢の男がそこにはいた。『武装集団』の資料に載っていた男だ。
「トライ=マクスウェルか・・・例の高位能力者連続殺人事件の犯人。もうこちらの世界へ堕ちてきたか」
「そういうテメェはジャネス=ビーターだな?」
「いかにも」
ジャネスは即答した。
「なかなか仲間を派手にやってくれたな。ただ、命を奪っていないという点には感謝せねばな」
「・・・言っとくが、テメェは本気でぶっ殺すぞ」
トライは低い声で告げる。やろうと思えばやれるのだ。これまで何の躊躇もなく、何度も命を奪ってきたのだ。しかも相手は無能力者だ。敵にもならない。
・・・だが、何か引っかかるものがある。
「こちらとしても、ここでくたばるわけにはいかない。気の毒だが・・・全力でいかせてもらうぞ」
ジャネスが首の関節を鳴らし、ゆっくりと身構えた。トライも無言のまま態勢をとる。胸の奥にある疑問を無理やりねじ伏せ、トライはジャネスに襲いかかる。
クレー=バレンシアは、先ほどの『武装集団』をものの数秒で片付け、別の場所に移っていた。しばらく歩くと、周囲が焼け焦げている場所へとたどり着いた。クレーが立ち止まり、周りを見回す。すると、
「・・・ヘルプ、プリィィィーズ・・・」
粉砕されているダストボックスのすぐそばに、1人の少年がうつ伏せで転がっているのを発見した。同僚のギル=フォレイスだ。
「・・・」
クレーは無言でそちらへ行くと、
ズドムッ!!と、ギルの肩甲骨の間を思い切り踏みつけた。
「グエエェッッ!!?」
蛇に襲われたカエルみたいな声を発したギルは、ガバッと起き上がった。
「げぼ!!く、クレー!?何してくれっちゃってんのさ!?殺す気?殺す気なの!?」
「うるさいです」
クレーは感情のこもってない声で言った。
「・・・何のんびり寝てるんですか?」
「見りゃ分かるげほっだろ・・・情けねぇげぶっけど、ジャネスぐふっのやつに、ぐはっ負かされたふぐっよ」
わざとらしい咳を交え、ギルは説明した。
「普通に話していただければ、私がわざわざ制裁を加える必要はなくなるのですが」
「サーセン」
「・・・」
「待って!!クレー頼むから待って!?分かったすいません本当にごめんなさい!!ほら、しっかり謝ったから恐ろしいほど冷たい若干殺意のこもった視線でこっち見るのはやめて!?普通に怖いから!!」
「うるさいです」(2回目)
クレーが再び感情のない声で言った。ギルは体に走る震えを抑え、これまでの経緯を説明した。
「・・・なるほど、『強電撃波』(ストロングボルト)のギルさんでも仕留められなかったとなると、なかなかですね」
「ま、それでこのダストボックスを利用して難を逃れたって訳。幸い中身が食肉だったからな。ジャネスのやつを誤魔化せた」
「だから悪臭だらけなんですね」
「うぅ・・・」
ギルは自分の匂いを嗅ぎながらうなった。体からは、腐った肉のようなにおいがした。
「まぁ、その分では戦えないでしょう。・・・今日はもう切り上げてもいいですよ」
「あぁ、すまねぇ」
ギルの体は、ジャネスとの戦いでのダメージがかなりある。これ以上戦うのは厳しいと、クレーは判断したのだ。
「ただ、一つだけ」
「ん?」
クレーは、特に表情を変えずにこう言った。
「報酬は減らしますので」
ギルが頭を抱えた。
トライの拳がジャネスに迫る。
『硬度変化』(ハードチェンジ)。物質の硬度を自在にコントロールできる、トライの能力だ。アスファルトをトランポリンのようにして跳ぶこともできれば、鋼鉄の壁を一撃で粉砕することも可能、まさに破壊に特化した能力だ。
もちろん、一つの物質である人間も例外ではない。
この拳が当たれば、最低でも骨を簡単に折ることができる。
無能力者(レベル0)にどうにかできるはずなどない。
だが、ジャネスの体が消えた。
「なッ!?」
そして、真後ろから衝撃が走った。トライの体が吹き飛び、壁に激突する。ダメージは能力によって軽減はできたが、疑問が湧き上がる。
(ただの無能力者が、どうやって!?)
「驚くことじゃない」
ジャネスが無機質な声で言う。
「俺がやっているのは、貴様ら能力者と同じことだ。この街じゃ珍しいことじゃないだろう?」
「・・・チッ」
トライが舌打ちをする。
(どういう理屈だか知らねぇが・・・とにかくブッ倒す!!)
トライは壁を思い切り蹴り飛ばす。弾丸のごとくスピードでジャネスの懐めがけて突進する。
しかし、やはり当たらない。
ジャネスは忽然と姿を消した。
「・・・動きが単純だぞ」
バゴンッ!!と、トライの顔面が揺らぐ。殴られたと分かったときには、次の攻撃が鳩尾に直撃していた。
「ぐ、がッ!?」
トライの体が宙を舞った。
しかし、自由落下をする前に衝撃が走り、地面に叩きつけられた。
「が・・・ぐっ」
体には鈍い痛みがあった。能力での防御が間に合わなかった。
「やはりな」
ジャネスがつぶやいた。
「貴様の能力は、攻撃、防御、共に相当な精度を備えている・・・だが自動制御ではない。つまり、咄嗟に能力を発動するのは不可能、と。なるほど、だから大能力者(レベル4)止まりなのか」
「うるせぇ、よ!!」
トライが地面を踏みつける。それだけで、アスファルトがめくれ上がる。トライはそれらを次々と蹴り飛ばした。
「・・・当たらんよ」
襲い来る砲撃を、凄まじい速度で避けていくジャネス。そして、そのうちの一つをトライめがけて蹴り返した。トライは慌てて飛び退く。
(まずい、このままじゃ・・・!?)
手も足も出ず、焦り始めるトライ。たかが無能力者だからといって甘く見すぎていた。トライが次のアクションを起こそうとしたその時。
トライのの脇腹にジャネスの蹴りが炸裂した。尋常ではない破壊力だった。
「ぐぁ・・・」
さらに、飛ばされたトライが地面に落ちるより先に、トライの胸部を捕らえる拳が飛んだ。
ベギィィィ!!という鈍い音が響く。
壁に叩きつけられたトライが、ずるずると崩れ落ちた。骨や外見に損傷がないのは、トライが必死に演算式を組み立て、能力を使用したおかげだ。だが、急ぎすぎたために、精度が甘い。体へのダメージは相当なものだった。
「さて・・・」
ジャネスが懐から何かを取り出した。銃口が2つついた、大型の拳銃だ。
「死ね」
簡単で、何より分かりやすい宣告と共に、ジャネスが引き金を引いた。トライは即座に回避する。放たれた弾丸は、アスファルトを木端微塵にした。まるでクレーターようになっていた。
(何だよあの威力!?ただの銃じゃない!?)
ジャネスは銃口を再びトライの方に向け、間髪入れずに引き金を引く。トライは、とにかく回避するしかない。
「無様だな」
突然、耳元で声が聞こえた。
「・・・ッッ!?」
反応したときには、もう遅かった。
バァァン!!と、轟音が響いた。
放たれた弾丸は、ジャネスの脇腹を打ち抜いていた。
「・・・ご、ぼ?」
ドサリと崩れ落ちるジャネス。トライは、何が起こったのか全く分からなかった。
そこに、第三者の声が届く。
「・・・見ちゃいられませんね」
まだ幼さの残る女性の声だ。トライは声の主の方を見る。
そこには、『スコーピオン』のクレー=バレンシアがいた。路地裏の壁に寄り添い、腕を組んでこちらを見物していた。
(いつからいたんだ・・・!?)
トライの表情が驚愕に染まる。
「『演算銃器』(スマートウェポン)ですか。なかなかの代物のようですが・・・使用方法が乱雑ですね。照準が甘いです」
淡々と告げるクレーに対し、ジャネスは『演算銃器』を向けた。
しかし、直後には『演算銃器』は消失していた。
ジャネスが歯ぎしりをするが、クレーは表情も体勢も一切変えない。しゃべるだけの人形のように見えた。
「貴様、どう・・・やって・・・」
「あなたが身に着けている『駆動鎧』(パワードスーツ)。それの元みたいなものです。ただし、スペックが段違いですが」
クレーがようやく壁から離れた。
「あなたの身に着けている『空間移動型駆動鎧』(エリアムーブタイプパワードスーツ)。それは名前の通り、自身の空間移動(テレポート)を可能にするためのものですが・・・私の『座標打撃』(ムーブアタッカー)は、自身の移動はもちろん、離れた物体の移動、さらに、11次元上のベクトルの変換も可能です。ただのガラクタとは比べ物にならないんですよ」
トライは、これまでのジャネスの攻撃のトリックを理解したと同時に、クレーの持つ能力がそこまで強力なものだったのかと驚愕した。つまり、先ほどトライが助かったのは、クレーが瞬時に弾丸をジャネスの方に移動させたからなのだ。ほんの数十cmの距離を進む物体を、どうやって目で捉え移動させるのか、見当もつかなかった。
「ベクトル、変換・・・?ま、さか・・・」
ジャネスがつぶやくように言う。
「気づきましたかね?」
クレーがそういった瞬間、ジャネスの体が弾かれたように吹き飛んだ。
「ぐっ・・・!?」
「ただ、私は元が『空間移動』でしたから、操れるようになったのは11次元上のベクトルのみ。『過去の』第1位のように、反射や大気の流れを操るなどといった、高度なことはできません。だから大能力者(レベル4)止まりなんです」
そう言うと、再びジャネスの体が吹き飛び、壁に激突した。
「・・・さて」
クレーは、棒立ち状態のトライに目を向ける。
「援護攻撃はここまでです。さっさとトドメをさしてください。あなたの得意分野でしょう?」
「・・・ッ!」
トライは舌打ちをした。今すぐケリをつけよう。そう思っている自分を、何かが止めている感覚に襲われた。
どうしてもできない。
(何でだよ・・・)
以前の自分なら、この場で殺すだろう。あのカリキュラムに関わっていないものでも、迷わず血みどろにしただろう。
なのに、
(ちくしょう・・・何なんだ、どうしちまったんだ!?)
そう思った次の瞬間、トライの思考が切れた
パァン!という乾いた音が耳に入った。
同時に、ジャネスの体が崩れ落ちた。
誰が撃ったかは、言わずもがなだった。
クレーの右手には、小型拳銃が握られいた。その銃口からは白い煙が出ていた。
「・・・何をやっているんですか?」
クレーがトライの方をジロリと見る。思わずすくみ上ってしまうほど、威圧感があった。
「なぜ、そのような情けを今更になってかけるんですか?」
「・・・それは・・・」
クレーが続けて告げる。
「やろうと思えば一撃だったでしょう?・・・私にはよく分かりませんが、あなたは『魔術』という力を持っていると、とある人物からうかがっています。それを使えばよかったんじゃないですか?」
それに、とクレーは言葉を区切り、
「あなたに殺された人には、これから先やりたいことがたくさんあったでしょう。しかし、あなたはそれらを問答無用で奪った。私が今やったのは、あなたが幾度となく繰り返してきたことと同じことです」
トライは反論ができなかった。クレーの告げる言葉は、トライの精神を正確かつ残酷に切り裂いていた。
「あなたにはその責任を背負っていく義務があります。これから優しくなればいい。そんな甘い考えはやめてください。あなたのような極悪人が、表の世界へと帰ることなんて不可能なんです。悪党なら悪党らしく振舞ってください」
それだけ言うと、クレーはトライに背を向け歩いて行ってしまった。トライはその場にただ立ち尽くしていた。
「そんなこと、分かってんだよ・・・」
小さくつぶやくトライ。人殺し、極悪人、殺人鬼。そんな人間かどうかも危うい人間が、表の世界で普通に生活することなどできない。そんなことは分かってる。
だからこそ、トライは誓う。
ここに宣言する。
(面白れぇ。だったら、俺は最強の悪党になってやる。ただ殺しまくるだけじゃねぇ、本物の悪党にな)
そして、静かに歩き出した。
『なぜ殺さなかった?』
通話相手は『スコーピオン』のリーダー、ハワード=マーケイキスだ。クレーははぁ、とため息をつくと。
「ジャネス=ビーターの素性を知ってしまったからですよ」
『素性?』
「えぇ、どうやら彼には妹がいるらしくて、かなりの大病を患っているらしいんです。その治療代を集めるために、『武装集団』(スキルアウト)に入り、頂点まで上り詰めたそうです」
『なるほどな』
電話越しで、ハワードが小さく笑った。
『やっぱり、お前は本物の悪党だな』
「それはどうも」
クレーは感情をこめずに言った。
すると、突然通話相手が変わった。
『クレーお疲れ―!!』
活発そうな女性の声だ。その声の大きさに、やかましいと言わんばかりに顔を歪めるクレー。
「・・・何ですかジュニダさん」
『いやー、今日の報酬を追加しようと思ってね』
「はぁ、何ですか?」
『おっぱいモミモミ30分間』
「くたばれGL野郎」
4「超能力者のQ&A」
Still immature Girl`s mind
「よぉ」
放課後、未来都市第3位の超能力者(レベル5)、コスモス=フォルティッシモは、とあるカフェにやってきた。
コスモスの視線の先には、こちらも未来都市の超能力者の1人、第9位のエレナ=アルトスがいた。
「何だ、用ってのは?」
「大したことじゃないけど・・・まぁ、座りなよ」
コスモスはエレナの向かい側に座り、ウェイトレスにブラックコーヒーを注文した。
エレナは紅茶を一口飲むと、
「あのさ・・・」
「うん?」
「えっと・・・その・・・」
何だか分からないが、もじもじし始めた。
「・・・どうした?」
コスモスが不思議そうに尋ねる。
「アンタ、さ・・・す・・・す・・・」
「す?」
「・・・す、好きな食べ物、何?」
コスモスの思考回路が、数秒間停止した。
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「えっ、いや、えっと!く、くだらない質問だけどさ、その、やっぱり最初にする質問といえばこれかなー・・・的な?」
何か、最初にあった時と雰囲気が別人だなーと、コスモスは内心笑いそうになりながら思った。
(つまり、俺のプロフィールが知りたいのか?)
ならばお答えするしかない。
「そうだな・・・トンカツ、かな?」
「じゃ、じゃあ、好きな飲み物・・・は?」
「えっと、コーヒーかな。ブラックがベスト」
「好きな・・・・・・色?」
「黒ですな」
「好きな小説」
「プロジェクトKIHARA」
「好きなマンガ」
「進撃の小人」
「好きな歌」
「星の瞳の洗脳少女」
「好きな番組」
「ハマヅライダー。それと、グンハ=ソギータの気合いだガッツだ根性だぁぁ!!」
そうこうしていると、ウェイトレスがブラックコーヒーを(若干含み笑いしながら)運んできた。コスモスはそれを一口飲む。
エレナの質問は、徐々に独壇場になってきた。
「好きな芸能人」
「えーっとね」
「好きな教科」
「そうだなー」
「好きな言葉」
「う~ん」
「好きな・・・」
「・・・ねぇエレナ?」
「好き・・・」
「おーい?」
「好・・・」
「・・・」
(え?何ですかこの状況?)
コスモスが苦笑いした次の瞬間だった。
「す、好きな人は!?」
「ぶぼばぁっ!!?」
コスモスが盛大に口に入れていたコーヒーを噴射した。幸いエレナにはかからなかったが・・・。
「・・・何なんだ、脈絡のない・・・」
「いやいやいやいや!!ゴメン、さっきの無し!!」
エレナが顔をリンゴのように赤くして言った。
何なんだコイツと思いながら、コスモスは布巾でテーブルを拭く。
「えっと・・・他に質問は?」
「・・・・・・」
念のため聞いてみたが、反応はない。
(マジですかー!?こんな茶番劇のために俺はここに呼び出されたのか!?くそ、がんばってシャーテナのやつをなだめてきたってのに!!)
コスモスが心の中で絶叫するが、エレナは下を向いて黙り込んだままだ。それを見たコスモスは声をかける。
「・・・ま、あんまり話したことのない相手だと、緊張するよな。気にすんなって、これからお互い仲良くなりゃいいだろ?」
「・・・・・・・・うん」
エレナがボソッと返事をした。
コスモスはやれやれといった表情を浮かべながら、ゆっくりと席を立った。もう帰ろうと思ったのだ。
「あ、あのさ」
エレナが口を開いた。
「ん?」
コスモスがエレナを見ると、再びエレナはうつむいた。しかしすぐに顔をあげると、こう言った。
「友達だって言ってくれて・・・ありがとね」
コスモスはハハッと笑うと、「おう」と短く返事をした。そして、カフェから出て行った。
エレナは脱力しながらはぁ、とため息をつく。
「・・・まだまだだなぁ、私」
エレナの青春は、まだ始まったばかりだッ!!
あとがき
毎度、コスモスです。初のSS、楽しんでいただけたでしょうか?
新キャラのアニ・・・じゃなくてエレナ。発案者はリア友のホニャララ君です。コスモスにあっさりデレるキャラを目指して書いてみました。能力とかの詳細はまた今度。
隻眼ボサボサ頭には、いつもと違う感じの一面を取り入れてみました。キレたのも面白いかなーって思ったので。そして新しい考えをを提示する第3位の野郎。一体どこまで親切なんだ。
青髪ポニーテールの話は今回のメインなので、他に比べると若干長めです。闇に堕ちたトライが背負う十字架の重さと、裏社会の卑劣さ、何気ない優しさを意識して書いてみました。これでトライは一通ポジション定着ですね。クレーの存在はかなり重要なので、今後も用チェックです。
最後のQ&Aは脚本なし、アドリブです。もう少し笑い要素が欲しいなーと思ったので、思いつくがままにねじ込んでみました。コスモスの趣味の悪さがよく分かったんじゃないかな?(笑)そういうところもコスモスの特徴の1つだったりします。
次回はまた本編に戻ります。科学メインで行く予定です。久々に登場する方々も多くいるので、楽しみに待っていただけると幸いです。
では、今回はこの辺で。
あっ、シャーテナの出番が!?
Cosmos Story 7
1「飢えた怪物」
Monster of the most evil
5月中旬。未来都市を代表する悪ガキ、マット=スレイシャ―とケビン=デッドソンは、夕暮れの街を歩き、学生寮へと向かっていた。
「だからさぁ~、純粋なロリこそが最強なんだっつの!幼女のピュアさがストレートに伝わってくるからな!!」
ケビンが怒鳴り散らした。それに対し、
「何言ってんだ・・・ロリだってゴージャスな服を着たいハズだ。ゴスロリこそが最強なんだよ。ホラ?ワインレッドのドレスに黒いリボンをつけた金髪ツインテールとかさ?」
マットはクールに切り返す。
「大体、ただのロリ好きだなんて原始人的な思考回路を持つ人間なんてお前ぐらいだと思うぜ?女の子は着飾ってこそロマンがあるんだ」
「テメェみてぇなファンタジー野郎はR-18のマンガをコンビニで堂々立ち読みして悶絶してるんだな!!もしくはそこいらの小学生相手に大人の世界でもレクチャーしてろ!!」
徐々に馬鹿兼変態学生の口論がヒートアップし始める。
「うるせぇ騒ぐな。平凡レベルフェイスのケビンの分際で・・・犬や猫とでもエロいことしてろ」
「んだとぉ!?ミスター校則違反のクセに生意気な!!お前なんかジジィとやってろ!!」
「黙れ。同性愛及び熟年者は俺の管轄じゃねぇっつの」
「だったら俺だって動物となんてしたくねぇよ!!」
言い争いながら、2人は寮への近道である裏路地へと入ったときだった。マットがピタリと立ち止まった。
「お・・・おい・・・」
「あん?どうした?エロ本でも落ちてたか?」
「違ぇよ・・・!あ、あれ・・・」
マットが路地の向こうを指さす。ケビンは怪訝そうにそちらを見る。
「・・・な」
生臭い匂いが、鼻についた。
2人がみたのは、顔面がひしゃげて、右腕と左足が無残にちぎり取られた男の亡骸。
未来都市で怪物が暴れた痕跡だった。
「おっかねぇよなぁ・・・殺人事件だなんてよ」
未来都市に住む高校生、コスモス=フォルティッシモがつぶやいた。
「まったくだぜ。これで犠牲者は8人目だ」
コスモスの隣の席に座っている、ワックスで整えた金髪の少年、ディーン=グレイディ。コスモスの悪友だ。
「8人目?」
「んだよ、知らないのか?同一犯人による連続殺人事件。どの被害者も顔面潰されたり首とか腕とかもぎ取られたり・・・まるで怪物にでも襲われたみてぇな酷い殺され方してんだとよ」
「なんだそりゃあ・・・」
想像するだけで吐き気がしてくる。
「・・・しっかし、あいつらが目撃するとはなぁ・・・」
ディーンが、窓のそばでボーっとしているケビンとマットを見て言った。いつもはっちゃけまっくて大騒ぎしている2人だが、今日は魂が抜けてしまったかのように元気がない。
(相当キツイ光景だったんだろうな)
正直自分だったら吐くか気絶するかなってるだろうなと、コスモスは思った。と、
「アンタらの情報、ちょっと古いわよ」
短髪の女子が、コスモスとディーンの間に割り込んできた。
ネリー=プレイネス。
コスモスのクラスの学級委員長で、幼馴染だ。
「出た、おてんば委員長MX」
「うるさい金髪猿!!ていうか『MX』って何よ!?」
ディーンの言葉にネリーはすかさず突っ込みを入れる。
「で?情報が古いってのはどういうこった?」
頬杖をついたコスモスが尋ねる。
「犠牲者は8人じゃないわ。それは昨日までの話。今朝のニュースでさらに3人に増えたって言ってたわ」
「・・・てことは、11人!?」
「はー、相当気が狂ってるんだろうな」
ディーンがいたって真面目な声色で言った。ふざけてばかりのディーンにしては結構珍しい。
「・・・何でそんなことをするんだろうな」
コスモスが低い声で言った。彼は悪を絶対に許さない人間だ。怒りを抑えられないのだろう。表情が固い。
「恨みがある奴を襲ってるか、ただ単なる快楽のためか・・・だな」
ディーンが言った。
「コスモス」
ネリーが声をかける。
「この事件には関わんないでよ?本当に死んじゃうかもしれないし」
コスモスは、何かといろんな事件に首を突っ込み、その度に怪我を負っている。ネリーは今回もコスモスが出しゃばらないか心配なのだ。
対してコスモスは、
「・・・ま、偶然会っちゃったら叩き潰しておくよ」
「だからやめなさいってば!」
コスモスとディーンは、マットとケビンに現場の状態を尋ねてみることにした。現場には暴れた痕跡は特になく、ただ多量の血痕が壁や地面にこびりついていたらしい。被害者の人相も全く分からない状態で、一部骨も見えていたらしい。
「相当酷かったよ・・・あんな光景、二度とゴメンだ・・・」
マットが暗い表情で言った。
「まさに『怪物』、だな」
ディーンが腕組みをしてつぶやく。
「妥当な表現だと思う。あんなの、人間のやるようなことじゃねぇよ・・・」
ケビンがコスモス達から目を逸らした。正直思い出したくないのだろう。
「悪いな、思い出させちまって」
コスモスは一言謝り、2人のもとを離れた。追うようにして、ディーンもついてきた。
「あれ?今日はアイツらと一緒にいねぇのか?」
「あの状態でいつもみたいな馬鹿トークができるわけねぇだろ。今日はそっとしといたほうがいいと思ってな」
ディーンは薄く笑いながら言った。妙な優しさがあるなとコスモスは思った。
「・・・にしてもディーン、今回の事件にやけに興味ありそうだな。何でだよ?」
「・・・気になるか?」
ディーンが立ち止まり、コスモスの方を見る。その眼差しはかなり真剣だ。コスモスは思わず身を固くした。もしかしたら、ディーンはこの連続殺人事件に関して、何か重要な秘密を知ってるのかもしれない、と思ったからだ。
「・・・ああ」
コスモスが短く返事をする。ディーンはニヤリとして、
「なぁに、単純なことだよ。俺、昔から刑事に憧れてんだよ。だから殺人事件とかそういうの、大好物なんだッ!!」
・・・あぁ、期待した自分がバカだった。
コスモスは心の中でそう思い、はぁぁ~、と重いため息をついた。
「あれ?どうしたコスモスちゃん?コスモスちゃんはこういうの嫌いなのかー?」
ディーンがいつものバカ口調にシフトチェンジする。コスモスはそっぽを向いて、
「・・・お前、マジで消えちまえ・・・」
「あん?何か言った?」
ディーンが尋ねてきたが、コスモスは「別に」、と適当に言って誤魔化した。
学校帰りのバスの中、コスモスは1人考え事をしていた。
(ネリーのやつには関わるなっつわれたけど・・・こうしている間にもまた誰かが犠牲になってるっていう可能性もあるんだよな・・・)
後から聞いた話だが、犯人は高位の能力者である可能性がかなり高いらしい。なぜなら、被害者もまた高位の能力者だからだ。ただの鈍器では、レベルの高い能力者は殺せるはずがないのだ。怪物の如く、殺戮を繰り返す殺人鬼。能力を悪用する連中もこの町には多くいるが、まさか殺人に使う人がいるとは思っていなかった。
(何が目的なんだろうな・・・)
コスモスの拳は無意識のうちに強く握りしめられていた。気が付くと、学生寮の前についていた。コスモスはバスを降り、寮へと向かった。
コスモスの学生寮は、いたって普通のマンションだ。しかしその普通なマンションの一室、コスモスの部屋には、異常な人物が住み着いている。
シャーテナ=アイント。
とある事情でコスモスの部屋に居候している、中学生くらいの少女だ。非科学・・・つまりオカルトの人間で、『魔術』と呼ばれる未来都市製の『超能力』とはまた違った異能の力について熟知している。しかし、本人は魔術を使うことができないらしい。その点に関してはまだまだ許容範囲なのだが・・・
問題は食欲。
異常なほど、とにかく食べまくるのだ。1日で冷蔵庫の中身をほぼ全滅させたというちょっとした伝説も残している(コスモスにとっては大迷惑なだけだが)。
そんな少女が待つ部屋の玄関にコスモスはついた。
(早く何か食わせねぇとなぁ・・・俺が捕食されかねない)
鍵を開け、部屋に入る。ちょっと進んだところにあるリビングに入りながら、
「ただい・・・」
言葉は最後まで続かなかった。
部屋には、いつも通りシャーテナの姿があった。足元には飼い猫のクレオパトラもちゃんといた。
ただ、いつもと違う点が1つ。
シャーテナが下着姿だった。
色白の眩しい肌にピンク色の下着だけのシャーテナが、今まさに着替えているところだった。
「・・・ま」
一応『ただいま』という単語を完成させたコスモスは、じりじりと後退する。
「・・・コスモス」
「い、いや、待ってよシャーテナ・・・事故だろ?これは、どう見ても・・・な?」
「コスモス・・・ッ」
「待ってくれ!!り、理不尽だッ!!俺に何の罪がある!?堂々とリビングのど真ん中で着替えてるお前の方が悪いんじゃ・・・!?」
とりあえず必死に抗議するコスモス。しかし赤面のシャーテナは恥ずかしさと怒りを足して2で割った感じの表情を浮かべながらぶるぶる震え、
「コスモスがさっさと顔をそむければ済む話なんだけどなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!俺ってばついつい・・・って、ぐにゅおああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ドゴグシャメキズゴッッ!!という破壊音が鳴り響いた。
「酷いよ・・・あんまりだよぉ・・・」
ベッドに突っ伏している哀れな少年、コスモス=フォルティッシモは、半ば泣いているような声でつぶやいた。
「いくら私の曲線美が美しいからって、あんなにまじまじ見られちゃ女の子として困るんだよ!!」
「いやぁ・・・大して魅力はなかったような気がするぞ?まだまだガキっぽいというか・・・女の魅力は特に・・・」
「・・・ッッッ!!!」
「ああぁッ!?う、嘘だよ嘘!!十分魅力的だったし大人っぽかったし・・・」
「コスモス」
シャーテナが遮った。そして一言、
「エッチなんだね」
「ち、ちくしょう!!褒めたら褒めたでこういうダメージが来んのか!!どこまで鉄壁なんだよこのイギリス少女!?」
コスモスが嘆きの声をあげるが、シャーテナはそっぽを向いてクレオパトラをいじっている。
(・・・そういや、コイツが来てからもう1ヶ月も経つのか・・・)
最初、コスモスとシャーテナが出会ったのは、この部屋の玄関だった。その後魔術師と戦ったりしたよな・・・と、シャーテナを見ながらコスモスは過去を振り返った。
・・・と、突然シャーテナが振り返り、
「そうだコスモス!!」
「あん?」
こちらを見るシャーテナの瞳は、やけに光輝いていた。切り替え早ぇなと驚いたが、やはり嫌な予感がする。シャーテナはニッコリと笑うと、
「今日は私に恥ずかしい思いをさせた罰として、夜ご飯はお寿司にしよう!!うん!それがいい!!ねぇコスモスいいでしょねーねーねー!!?」
「・・・」
・・・この少女、やはり面倒くさい。
とある路地裏、怪物は2人の男に襲いかかっていた。1人はすでに仕留めた。残る1人はどう殺そうか・・・そんなことを考えながら男を追い詰めていく。
「ひぃ・・・ッ!く、来るな・・・ッ!!」
男が炎を繰り出した。しかし、怪物は腕を振って軽くあしらった。
「・・・あ、そうだ」
怪物が口を開く。
「じゃあ上下分断ってのはどうだ?」
「ッッッッッ!!?」
直後。
バズンッッ!!という衝撃音とグチャリという生々しい音とが同時ひ響いた。
「・・・う~ん・・・つまんねぇ・・・」
怪物は体に飛び散った赤黒い液体をさっさと拭き取った。怪物は何事もなかったかのような声でこう言った。
「コンビニでも寄ってくか」
2「偶然か必然か」
Chance or Necessity
シャーテナのお寿司食べたいよ抗議を、とりあえずコンビニにある安物からという理由で納得してもらい、コスモスは最寄りのコンビニへと向かった。シャーテナは何かと職人物にこだわるので、説得はかなり 難しいのだが「職人さんのだと高いから、払いきれなくて俺達がお店の皿洗いをすることになるんだぞ!!それでもいいのか?」と言うと「そ、それはちょっと困るかも・・・」という感じになった訳だ。
(多めに買ってもどうせアイツに全部バキュームされるからな・・・)
はぁ、と軽くため息をつきながら、コスモスはコンビニの中へと入った。「いらっしゃいませー」という、どう考えてもやる気のない店員のあいさつを聞き流しながら、コスモスは寿司の置いてあるコーナーへと向かった。とりあえずカゴの中に寿司をポイポイ入れていく。傍から見ればかなり異様な光景だろう。あらかた寿司を確保し、今度は飲み物売り場へと向かった。
(今日はコーラの気分だな)
そんなことを思いながらコーラを手に取った。そのとき、
「・・・あ」
「?」
後ろから男の声が聞こえた。コスモスが振り返る。そこにはコスモスと同い年くらいの少年の姿があった。青く長い髪をポニーテールにして、髪と同色の服を着ている。その少年は、なぜかコスモスのコーラを凝視している。
「えっと・・・コーラならまだまだあるぜ?ほら」
コスモスが大量に残っているコーラを少年に見せる。しかし少年は、
「いや、えっと・・・そうじゃなくて・・・」
と、声を出しながらコスモスのコーラ・・・正確にはコスモスのコーラのキャップの部分を指差した。
「あん?」
コスモスがそこを見ると、何かのキャンペーンでついている小さなフィギュアが包装されていた。『ゲコ夫』という、ローティーンの子供たちに人気のキャラクターだ。コスモスはしばし無言の状態だったが、ようやく、
「・・・これ?これか?これが欲しいのか!?」
内心ドン引きしながら、コスモスは少年の方を向く。少年はコクッと頷いた。
「・・・」
(・・・俺と同い年くらい・・・だよな?なのに・・・なのに、ゲコ夫、だと!?)
「いや・・ほ、他のにもついてるけど?」
「違う!!」
突然少年が叫んだので、コスモスはからだをビクゥ!!と震わせた。そして、青髪ポニーテール少年の熱弁が始まった。
「それ!お前のについてるのは1000本に1つしかついていないっつわれてる『黄金モデル』のゲコ夫なんだよ!!他の全8種は集めたし、銀モデルも銅モデルもゲットしたんだ!あと、あとそれを手に入れれば、念願のコンプリートなんだッ!!!」
「はぁ・・・」
後半部分はほとんど聞かず、正直どうでもいいので、コスモスはコーラをほいっと渡し、別のコーラ(メーカー別物のためゲコ夫フィギュアなし)を取った。
「い、いいのか・・・ッ!?」
「何で感極まっちゃってんのかな!?いや俺は別にいらないし、アンタがそこまで言うならあげるべきだし!!」
少年はコスモスの手をがっちり掴み、ぶんぶんと振る。何だか知らないが、ものすごいパワーだ。腕の骨がギシギシメキメキ悲鳴をあげている。
「いっだぁ・・・ッ!!?」
「ありがとう・・・この恩は一生忘れねぇ!!アンタは神だ!救世主だッ!!」
「おーけーおーけーどーもどーも!!わ、分かったから!!は、離して!?すっげぇ痛いし骨ちゃん泣いてるしぐぎゃああああああ!!??」
おっと、という感じで少年は手を放した。
「悪ぃな。力加減が下手でよ」
「・・・別にいいッスよ」
何だこの人と思いながらコスモスはレジに向かった。コスモスの持っている寿司で溢れたカゴを見て少年は「うわッ」と声をあげ、
「・・・アンタ、魚介類を愛する人種なのかな?」
「違ぇよ。うちにとんでもない食欲を持つ化け物がいるんだ」
簡単に答えて代金を支払い、コスモスはコンビニを出た。世の中いろんな変人がいるんだなと、コスモスは思った。
「足りない!!」
「え・・・えぇぇぇぇぇぇぇッ!!?帰ってきてから最初にかけられる言葉がソレですか!?いや、だからな?コスモスお兄さんの軍資金には限りがございまして・・・」
「嘘つき!!軟弱!!ケチ!!バカ!!アホ!!マヌケ!!ぬぐぐぐ・・・ッ!!ムキ―――――ッッッ!!!!」
「罵倒した挙句ジャンピングキックとかマジやめ・・・どぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ズガッシャー――――――ン!!!という近所迷惑間違いなしの大騒音。シャーテナの超乱暴で美しさに欠けるジャンピングキックをもろ喰らったコスモスは、玄関で大の字になって転がった。
「いいもん!!コスモスの分まで食べ尽くしてやるから!!ついでに冷蔵庫にあるものも全部私の栄養源にしてやる!!」
ピシャンッとリビングのドアを閉めるシャーテナ。コスモスはその場で小刻みに痙攣している。
「・・・すっげぇ音がしたけど?」
隣人のディーン=グレイディが無許可だ玄関のドアを開けて入ってきた。大の字になっているコスモスを見て「ウオッ!?」と声をあげると、
「・・・またやられたのか?」
と言い、ニヤリと笑った。
「・・・えぇ、そうでござんすよ」
コスモスは失笑した。
「まぁ、賑やかでいいじゃねぇか」
「1日預かってみるか?」
「いやぁ、ご遠慮しておくぜ」
ディーンが言った。コスモスが立ち上がると、ディーンが話題を変えた。
「それよりコスモスちゃん。いいお知らせがあるぜ」
「何だよ?」
コスモスが振り返ると、ディーンは先ほどよりさらに深くニヤリとした。
「例の連続殺人事件。また犠牲者が出たらしい・・・それだけならまだ普通だが、今回の現場がこの第7学区だったそうだ」
「な・・・ッ!?」
この周辺で、人が殺された?
ゾクッ・・・と、悪寒が走った。
「・・・ま、今回は1つ進展があるっぽいけどな」
ディーンが凍りついた表情のコスモスを見て言った。
「目撃者がいたんだよ」
「本当か!?」
「あぁ。しかも身近な人」
そう言いながら、ディーンはまたニヤリとした。なんだか不気味だ。
「身近ってことは・・・クラスメイト、とか?」
「ご名答。でもまぁ・・・コスモスちゃんはあんまり話したことないんじゃないかな・・・俺にとっちゃ超特別な存在だけどな」
「・・・?」
コスモスが不思議そうな顔をする。
「まぁ、続きは明日だ・・・ほれほれ、早くしないと食料が全滅しちまうぜ?」
「ッ!!そ、そうだった!!」
ダッと、コスモスはリビングに駆け込んでいった。
翌日。
「・・・んで、お前が目撃者だったとはなぁ・・・意外」
コスモスが1人の小柄な女子生徒を前に言った。ディーンの髪よりはるかに美しい金髪のロングヘアー。澄んだグレーの大きな瞳は、思わず「惚れてまうやろーッ!!」と叫びたくなるほど綺麗で、だれが見ても「可愛い」と評価を下すであろう少女だ。
ティナ=スぺリア。
コスモスのクラスメイトで、学校No.1の美少女とも呼ばれている。しかし、コスモスとはあまり慣れ親しんではいない。
「どーだいコスモスちゃん!?惚れるだろ、やっぱ惚れちまうだろ!?このつぶらな瞳とかこのお手頃の身長とかさぁ!!」
「うん」
「反応薄いな・・・?」
「今はそこじゃねぇだろうがよ・・・なぁティナ。お前、例の現場見たんだってな」
「う、うん・・・」
ティナが小さい声で返事をした。初めて話すからだろうか、緊張気味だ。
「こ、コスモスちゃん!!ティナを怖がらせるんじゃねぇ!!」
「いちいちうるせぇな!ちょっと黙ってろ!!」
コスモスがディ―ンを怒鳴りつけ、改めてティナの方を見る。
「どんなヤツだったか覚えてるか?」
「えっと・・・多分男の子だったと思う」
「ん?多分?」
「髪型がポニーテールだったから・・・」
「ポニーテール・・・?」
コスモスは、昨日コンビニで会ったゲコ夫好きの少年を思い出した。
「それで、最初は女の子かと思ったんだけど…体格が男の子っぽかったから・・・あとは覚えてない。怖くてすぐに逃げたし・・・」
「・・・まさか」
「おっ、コスモスちゃん。思い当たる節があるのか?」
ディ―ンが横から尋ねてきた。
「あぁ、偶然にも、昨日コンビニでティナが言ってるヤツっぽいのと会ったんだ」
その場にいた2人が息を呑んだ。
「・・・普通の人っぽかったけどな。そこまで凶暴に見えなかった」
「ファーストコンタクトの印象なんかあてになんないぜ?もしかしたらそいつが殺人鬼かもしれねぇ・・・驚いたなぁ、ティナの証言で一気に話が進展したな」
ディーンがニヤリと笑った。しかし、コスモスはいまだに信じられなかった。明るく元気そうなあの男が、狂ったように何人もの能力者を葬っているとはとても思えなかった。だが・・・ティナの言うことが正しければ、ほぼ間違いないだろう。
「あの・・・2人とも?」
ティナがそっと声をかける。
「こんなこと聞いて、何をするつもりなの・・・?」
「ん?あぁ、この情報を警備員(アンチスキル)に通報しようと・・・」
「犯人の野郎をブッ倒す」
ディーンの発言を、コスモスは遮った。
「こ、コスモスちゃん・・・お前・・・」
ディーンが驚愕した声で言った。ティナは「うそ・・・」と小さな声でつぶやいた。
「でも・・・そんなことしたらコスモス君が危ないよ!!」
ティナがコスモスに向かって言うが、
「知るかよ。こんなふざけたことしやがって、放っておけるかってんだよ!!」
コスモスが、自分の決意を露わにした。その言葉に、一切の迷いはなかった。ディーンはやれやれといった感じでため息をつくと、コスモスの肩に手を置いた。
「どこまでヒーローなんだよお前は・・・仕方ねぇ、ここは俺が一肌ぬいでやろうじゃねぇか」
放課後、3人はディーンの部屋に来ていた。ディーンは、パソコンとかれこれ30分以上格闘している。
「ずっとパソコンいじって・・・なにやってんだ?」
コスモスが自室から持ってきたポテトチップスをティナと分け合いながら言った。
「さぁ・・・?」
ティナは首を少し傾げて言った。その仕草を見て、コスモスは純粋にかわいいと思った。ディーンが熱中するのも、分からなくはない。
「そういえばコスモス君って・・・」
「あぁ、呼び捨てでいいよ」
「あっ、えっと・・・コスモスって超能力者(レベル5)だったよね?」
「うん?・・・まぁ、そうだけど」
「なら簡単にやられたり・・・しないよね?」
「さぁ・・・どうだか。相手がどんな能力者かも分かんねぇし」
心配そうにするティナに対し、コスモスはあやふやな態度で答えた。
「コスモスの言うとおりだぜ」
ディーンがパソコンの画面を見たまま言った。
「・・・こいつが相手だとな」
「は?」
コスモスがディーンの元へ歩み寄る。パソコンの画面には、この町の学生の写真がズラリと並んでいた。その中の一人が大きくアップされていた。
「・・・あっ、こいつだ!」
コスモスがアップされている男の顔を見て言った。青い髪のポニーテール。間違いない。
「うん・・・この人だった・・・これって『書庫』(バンク)ってやつ?」
いつの間にか隣にいたティナが言った。
「そーそー。いやー、ログインするのは楽勝なんだけど、そっからの人物特定が大変でさぁ・・・」
「どうやってログインするんだよ?」
「・・・企業秘密だぜ」
「んだそりゃ」
コスモスが呆れるが、ディーンは気にも留めず、再びパソコンの画面を見た。
「名前はトライ=マクスウェル。能力開発名門校の一つ、葉山中央高校の1年生・・・俺たちと同い年だな」
同級生がそんなことを・・・信じられなかった。
「能力は大能力者(レベル4)、『硬度変化』(ハードチェンジ)。物質の固さを自由自在に変化させる能力だ・・・なーるほど。これなら肉を裂いて骨を砕くことも可能だな」
ティナが顔を青くし、コスモスが歯ぎしりをした。
「本当にこいつなのか・・・」
「決定的証拠はコスモスちゃんとティナの証言の一致。それから・・・」
ディーンが慣れた手つきで画面を切り替える。十数人の学生の写真が写し出された。
「被害者が、すべてコイツと同じ葉山中央在籍という点だ」
「な・・・つまり、こいつは知り合いを殺しまくってんのか!?」
「信じられない・・・」
「恐らく何かしらの事情があるのかもな・・・」
ディーンが腕を組んだ。
「・・・コスモスちゃん、どうするんだ?」
「あん?」
「本当にコイツとやり合うのか?」
ディーンの言葉には、強い重みがあった。こんなディーンを見るのは初めてだ。
「今回のこの事件、俺たちは直接かかわる必要はねぇ。2人の証言を警備員(アンチスキル)に伝えりゃいいんだからな。何もコスモスちゃんが解決することはねぇんだぜ?」
確かにその通りだ。単なる自分のわがままだということは、コスモス自身も十分理解している。それでも、
「・・・いや」
コスモスの覚悟は揺らぐことはなかった。
「俺がやるよ」
「・・・」
「・・・」
沈黙が流れた。
「どうしてもこいつに・・・トライ=マクスウェルに伝えたいんだ。そんな力の使い方は間違ってる。もっと別の使い道があるはず・・・ってな」
コスモスの目は真剣だった。
「コスモス・・・」
「・・・はっ、やっぱりテメェはバカなヒーローだ」
ディーンがニヤリと笑った。
「好きにするんだな、コスモスちゃん。ただ自分の命は自己管理だぜ?」
「当たり前だろ」
コスモスは低い声で返事をした。そして、ディーンの部屋を出ていった。
「コスモス・・・」
ティナが心配そうな顔をした。
「止めなくてよかったの?」
ティナの問いかけに対し、ディーンはフフッと笑った。
「いやぁ・・・止めようにも止められないさ。アイツ、意外と頑固だからな」
グチャリ、という音が響いた。今日も5,6人は殺しただろうか・・・そんなことをぼんやり考えながら怪物・・・トライ=マクスウェルは顔面の潰れた男を空き缶を捨てるかのような軽い仕草でほうり捨てた。やっぱり楽しい。思わず笑みがこぼれた。
思えば、最初は行き過ぎた暴力で誤って相手を殺してしまっただけだった。だが、それから1人、また1人とどんどん殺していった。やっていくうちに、どんどん病みつきになった。
(さて・・・)
トライは引き裂くような笑みを浮かべ、指をパキリと鳴らした。
(次はどう殺ってやろうか)
3「心の強さ」
First battle
「コスモス=フォルティッシモがトライ=マクスウェルと接触するぞ」
ディーン=グレイディはスマートフォンを耳にあてながら言った。
『予定通りだな』
通話の相手は未来都市統括理事長、ユイエル=ウォーレンス。
ディーン=グレイディは、普段はアホな高校生を演じているが、裏の顔は統括理事長、ユイエルに仕える側近なのだ。
「これで『鍵』が揃うかもな」
『確実だ』
「分からねぇぜ?意外とアンタの予測が外れて、コスモスの野郎が敗北する可能性だって否めない。トライ=マクスウェルには隠れ能力があるからな」
『・・・お前は同級生に負けてほしいのか』
「冗談冗談。でも、コスモスとトライ。互いに超能力とは違うものを持っている。それをどっちがどんなタイミングで使うかが、割と勝敗に関わってくると思うぜ?」
『とにかく、2人が接触する。コスモス=フォルティッシモがプラン通りトライ=マクスウェルを撃破すれば、3つの『鍵』が揃う。そして・・・』
「本格始動・・・ってか?」
ディーンがくだらなそうに、フンと鼻を鳴らした。
「正直、わざわざこんなことする必要なんてねぇんじゃねぇのか?」
『少しはスリルがあったほうが面白いだろう?退屈なのは苦手だからな。様々なイベントを用意したほうが大いに楽しい』
「お前にもガキの心があったのか。こりゃ驚いた」
それを聞いたユイエルは軽く笑い、通話を切った。ディーンはスマートフォンをポケットに入れた。
「・・・だがまぁ・・・」
ディーンは真顔になりつぶやいた。
「その遊び心が、失敗に繋がらなければいいがな」
「勢いよく飛び出してやったけどさ・・・どこいるかわかんねぇじゃん、トライってやつ・・・」
バカだなぁ俺、という感じではぁ、と大きくため息をつくコスモス。手がかりも何もないので、正直に言うとこの行為は無謀だろう。
『何もコスモスちゃんが解決することはねぇんだぜ?』
ディーンの言葉を思い出した。確かに、その通りだ。普通の高校生が殺人犯と対峙するなど、有り得ないことだ。たとえ超能力者(レベル5)であっても、よほどなバカでない限りまずはないだろう。
だが、コスモスはバカだった。
関わる必要なんか1mmもないのに、トライ=マクスウェルのことを放っておくことができなかった。
(とにかく、葉山中央辺りの路地裏を探ってみるか・・・)
被害者全員は路地裏で襲われている。そのことを知っていたコスモスはとにかく路地裏をまわってみることにした。当たる確証はない。だが、ここまで来たからにはやるしかないのだ。バス停にたどり着いたコスモス。ちょうどそのとき、『葉山中央高等学校行き』という表示のあるバスが近づいてきた。コスモスは迷わず乗り込んだ。
ヴァージニア=ハート。
彼女は未来都市の超能力者(レベル5)の第3位にして、能力を2つ持っているという類稀な存在だ。周りの同級生や後輩、先輩からも絶大な支持を受けているのだが・・・
「ヴァージニアちゃぁ~ん☆」
「うぎゃぁぁぁぁぁッ!!?」
そんな彼女にも、苦手なものはある。
赤みがかったロングヘアーでスタイル抜群。胸囲に関しては神レベルとも呼べるほどだ。本当に中学生なの・・・?と疑問を持つ者がほとんどだ。
雪城女学院中等部の同級生、サラリス=ネルセラ。
この少女もまた、未来都市の超能力者(レベル5)の1人。第7位だ。
「こんなとこにいたんだネ。何してんの?」
「・・・見ての通り食事ですが・・・?」
ヴァージニア達がいるのは、ちょっと洒落た感じのカフェだ。ヴァージニアはサンドイッチに紅茶を頼み、ホッと一息ついていたところだった。
(ちくしょう、なんでこのタイミングでこいつなのよ!?このままじゃせっかくの私だけの時間が粉砕されるッッ!!!)
「あれぇ?ヴァージニアちゃん何か赤いヨ?」
「なっ・・・!?いや、そんなこと・・・!?」
「ははぁ~ん、さては『恋』だナ?ヴァージニアちゃん恋しちゃった?」
「ぶぶばッ!?ち、違ぇっつの!!」
両腕を全力でぶんぶん振って否定するヴァージニア。だが、こうなってしまうともう主導権はサラリスの方だ。
「乙女だねぇ。あれか、お相手さんは第3位かナ?」
「ッッッ!!!???」
「・・・ありゃ、図星?やっぱりかぁ。だって日ごろからあんなに接してるもんね」
「はぁぁッッ!!?ち、違う!!あれはただ勝負を・・・」
ヴァージニアは必死になって抵抗するが、無駄である。
「喧嘩するほど仲がいい・・・ってネ☆」
「うるさいっつのクソバカ!!つーかそれどこ情報だ!?」
「生で見た。ちなみに、私のブログでも公開済みよん」
「ストーキングに個人情報の流出、だと!?犯罪を重ねてるうえにさも当然です読みたいな感じで言うな!!ぶっ飛ばすわよ!?」
「きゃっ、ヴァージニアちゃんってばかわいいっ♥」
「抱き着くな!!離せこの・・・って、ひゃあぁ!?ど、どこ触ってんのよ変態!!マジでぶっ飛ばぎゃあああぁぁ!?」
サラリスの過剰なスキンシップにより乙女な悲鳴をあげるヴァージニア。周りの人達はドン引きした様子で2人をチラチラ見ていた。サラリスのホールド力は意外に強く、ヴァージニアは為す術なく体を弄りまわされるのだった。
葉山中央付近でトライ=マクスウェルの捜索をしていたコスモスは、あるカフェから女の子の悲鳴があがるのを聞いた。コスモスは何があったのかという様子で店内を覗いてみる。そこでは、第4位の超能力者(レベル5)、ヴァージニア=ハートが、同じ制服を着た巨乳の女の子に襲われて(?)いた。
(・・・なんじゃありゃ)
コスモスは頬を引きつらせた。あまりまじまじ見る気にもならない(というかなったらある意味問題)ので、コスモスはさっさと捜索を再開した。
日がだいぶ落ち、空は紅に染まっていた。何ヶ所も捜索したが、会うのはガラの悪そうな少年少女と野良猫ぐらいだった。自分でも、途中から「あれ?俺って何でこんなに必死こいて歩き回ってるんだっけ?」と思ってしまうほどの徒労っぷりだ。
(あと1時間くらいしたら引き上げるとするか・・・)
そう思いながら、コスモスは本日8ヶ所目の路地裏へ入った。やけに入り組んだ道だ。コスモスはただひたすらに探した。バカみたいな作業だが、コスモスにはサーチ能力など当然ない。とか言って、相手に発信器が付いてるわけでもない。こうするしか方法がないのだ。
(足イテェ・・・)
コスモスは足の疲労のため立ち止まった。
(雲を掴むみてぇだな。まぁ、そんなに都合よくいくわけが・・・)
「おぉ?なんかいるじゃねぇか・・・誰だ?」
コスモスの背後から、唐突に男の声が聞こえた。コスモスはサッと振り返る。そこには、青く長い髪をポニーテールにした少年が立っていた。あの男に違いなかった。
「トライ=マクスウェル・・・!!」
「・・・ありゃ?俺の名前知ってんだ?・・・っていうかこの間ゲコ夫譲ってくれた人じゃん!!いやー、この間は本当にありがとなー」
トライは陽気な声で言った。コスモスは黙っていた。ふと見ると、トライの服とズボンの一部に、赤黒い何かが付着しているのが見えた。
「つーか、この時間帯にこんなとこにいるってことは、お前も不良ちゃんだったのかな?いや、ここら辺歩いているとよく・・・」
「黙れよ人殺しが」
コスモスが、威圧のある重い声で言い放った。
「・・・へぇ」
トライはニヤリと笑った。
「知ってんだ。俺が普段何をしてるか。つーことは風紀委員(ジャッジメント)なのかな。ついに確保しに来たとか?・・・いや、腕章がねぇな。だったら違うな」
トライが1人で話を進めていく。
「てこたぁ、あれか?興味本位でわざわざここまで来ちゃったのか?・・・バカだねぇ、変に俺の機嫌損ねたら死ぬだけだぜ?」
トライがあざけるように言った。対して、コスモスがやっと口を開く。
「どうだかな。痛い目見んのはお前の方かもしんねぇぞ?」
それを聞いたトライは笑みを消し、真顔になった。
「・・・俺をナメてんのか?」
「別に。ただ、せっかく得た力をクズみてぇなことに使うやつに負ける予定はねぇな」
「いいねぇ。俺を前にしたやつでそんなことを言ったのは、テメェが初めてだよ。・・・ただし、口だけになんねぇようにな」
バキリと、トライは指を鳴らした。コスモスは拳をゆっくり握る。
「お前の間違いを、今から俺が正してやるよ」
「ハッ、やれるもんならやってみろよ!!」
ダァン!!と、トライが突っ込んできた。
『硬度変化』(ハードチェンジ)。物質の硬度を自在に操る能力。普通の人間など、一撃で潰せる力だ。
あくまで、『普通の人間』だったら、だ。
コスモスは、決して普通ではない。
ガキィィィン!!という音が響いた。
トライの拳を、コスモスの展開した青い光が防いだ音だ。
「何・・・ッ!?」
「甘く見んなよ」
バリアは、瞬時に波動へと変換される。トライの体が吹き飛び、壁に激突した。能力のおかげでダメージはさほど無かったが、トライは驚愕した。
・・・止められた?
「テメェ・・・その能力・・・」
「あぁ、『大気波動』(エナジーブラスト)って知ってるか?」
その能力を聞き、トライは目を見開いた。
『大気波動』(エナジーブラスト)。大気中に存在する微弱なエネルギーを演算処理により変換し、波動やバリア、剣など、様々な応用が利く、大気制御系能力のトップランカー。第3位の超能力者(レベル5)、コスモス=フォルティッシモの持つ能力だ。
「へぇ・・・アンタ超能力者(レベル5)だったのか。どうりでそんなに自信満々なわけだ・・・」
トライはユラリと立ち上がり、引き裂いた笑みを浮かべる。
「いいね・・・いいねいいねぇ!!ただのクズ野郎とは訳が違うってか!!いやぁ最高だ!!久々に楽しめそうだぜ!!」
ゴォン!!と、近くにあったダストボックスを思い切り蹴り飛ばす。ダストボックス砲弾のように飛んできた。能力により一時的にダストボックスを柔らかくし、反発によって凄まじい速度で飛ばしたのだ。
しかし、コスモスはそれを難なく防いだ。
トライは続けて地面のアスファルトを粉々にし、その全てを一気に蹴り飛ばす。
しかし、銃撃の嵐のような攻撃も、コスモスのバリアは破れなかった。
「チッ・・・」
トライは舌打ちをすると、ダァァン!!と思い切り飛び上がった。地面を柔らかくし、トランポリンのようにしたのだ。上空から、どんなに硬質な物でも一撃で粉砕するトライの跳び蹴りが襲い掛かる。
だが、
「・・・そんなんじゃ、コレは砕けねぇよ」
ギュルン!!と、コスモスを守っていたバリアが渦を巻いた。ダイヤモンドも楽に破壊してしまうトライの攻撃は、あっさりと弾かれてしまった。
地面に降りたトライは叫ぶ。
「守ってばっかじゃねぇかよ超能力者(レベル5)!!やるなら全力で来いよ!!ビビってやがんのか!?真面目にやんねぇと一瞬で血祭りにするぞ!!」
「・・・全力、ねぇ」
コスモスが、スゥと息を吸った。そして、一言。
「じゃ、遠慮なく」
それは、まさに光速だった。
気が付けば、トライの体は地面に叩きつけられていた。
「・・・?」
体中に鈍い痛みがあった。能力が間に合わなかったのだ。攻撃されたトライ自身でも、どのような一撃を喰らったか分からない。
圧倒的な俊敏性。別格の破壊力。
これが、超能力者(レベル5)なのだ。
久しぶりに本気を出したなと、コスモス=フォルティッシモは思った。その気にさえなれば、大能力者(レベル4)など敵ではない。あくびが出るほど簡単に倒せるのだ。
コスモスが本気を出した理由。
それは『怒り』。
コスモスの全神経にある怒りが、今の一撃には込められていた。
「・・・ふざけたことしやがってよ」
コスモスが口を開く。
「何なんだ、何が目的だ?何で、こんなことをするんだよ?」
「・・・」
トライは無言のまま立ち上がった。
「・・・何でこんなことするかって?」
ニヤリと笑いながら、コスモスの問いにトライは回答する。
「そりゃあ、楽しいからに決まってんだろ」
当たり前だと、それが当然だと訴えるように、トライは大げさに両手を広げてみせた。
「・・・んだよ、そりゃ・・・?」
コスモスが、怒りのあまり震えた声を出す。
「ふざ、けんな。そんな理由で・・・何で・・・」
「あぁ、まぁ、具体的な理由だってあるぜ?」
トライは、思い出したかのように付け加える。
「俺んとこの学校でよ、『超能力者(レベル5)育成特別カリキュラム』ってのがあってな。うちの生徒の強能力者(レベル3)、大能力者(レベル4)が選出されたんだよ。もちろん、俺もな」
だが、と、トライは間を開けた。
「俺は途中で弾かれた。他のヤツらより伸びる確率が低いってな」
トライはわざとらしくため息をついた。
「まったく、うざくてしょうがなかったぜ?他のヤツらより伸びる確率が低い?ナメてんのか。俺はそこで決めたんだ。カリキュラムの参加者全員まとめてぶっ殺してやるってな。そうすれば、俺はまた呼び戻されて・・・」
「分かった」
コスモスが遮った。
「もういい。よく分かった」
「だよな?ひっでぇもんだよ。俺だったら確実に超能力者(レベル5)になれるはずなのによぉ・・・」
「もう口を開くな。この外道が」
ズシリ・・・と。
コスモスの言葉には、とてつもない重みを感じられた。
トライが怪訝そうにコスモスをにらむ。
「・・・強くなりたいって気持ちはわかるさ」
超能力者(レベル5)が、超能力者(レベル5)になりたい大能力者(レベル4)に告げる。
「だけどな、自分の力がちょっと下に見られたからって自棄になってる、そんな器の小っせぇ野郎が、超能力者(レベル5)になんかなれると思うのか?・・・絶対に、ない。お前は強くなれない」
「・・・あぁ?」
いや、と、コスモスは一度言葉を区切り、こう告げる。
「そもそも、そこまで強くない」
ギリッと、トライが歯ぎしりをした。
「・・・んだとぉ?」
「強いだけってのが超能力者(レベル5)だって考えてんなら、飛んだ見当違いだな。
大切なのは『心の強さ』だよ。それが他よりも強いヤツが、超能力者(レベル5)になってんだ」
「つまり・・・他の能力者より、お前の心は強いと?・・・ハッ、何正義の味方ぶっちゃってんのさゴミクズが。そんなの、お前の勝手な持論だろ?あてになんねぇよ」
トライが、断固として否定する。
「まぁ・・・そうだな」
コスモスも、それを認める。
確かに、全ての超能力者(レベル5)がそう思ってるとは限らない。この考えはコスモスの勝手な思い込みに過ぎないかもしれない。
それでも、ただ1つ言えること。
「だけど、俺はお前よりかは、ずっと強いと思うな」
その言葉を聞いた直後、トライはコスモスに向かってダァァァン!!と、思い切り向かっていった。
「うぜぇぇんだよ!!もういい、さっさとぶっ殺して、そのうるせぇ口を二度と開けなくしてやるッ!!!」
コスモスのすぐ側に来たトライは爪を構え、コスモスの体を引き裂こうとした。
だが、
ゴッキィィィィィィッ!!と、トライの攻撃はやはり防がれた。
「心が強いってのは、自分の感情をコントロールできるってことだ」
コスモスが静かに言う。まるで、小学生を相手に授業を行う教師のように、コスモスは説明する。
「つまり、自分の感情に身を任せない。そうすれば、常にどう行動するべきか、冷静に判断できる」
コスモスの右手には、いつの間にか膨大な波動が溜められていた。
(いつの間に・・・!?)
「俺は、確かにブチ切れている。だけど、それに乗せられたらダメだ。お前に決定的な隙を与えてしまう」
「ッ!!しまっ・・・」
「つまり、感情に乗せられたお前は、隙だらけってことなんだよ」
ズゴォアアアアアアアァァァァァァ !!という轟音と、眩い閃光が、路地裏を包んだ。トライの体が宙を舞い、壁に思い切り衝突する。
コスモスは、変わらぬ位置に堂々と立っていた。
「・・・まだまだ幼稚だな。一からやり直せよ。この大バカ野郎」
決着が着いた。
コスモスの完全なる勝利だった。
・・・・・・・・・・ように思われた。
直後だった。
バグォアアアアアアアアアアアッ!!という衝撃波が、コスモスの体を薙ぎ払った。
「ッ!!?」
何が起きたか、理解ができなかった。
ただ1つ。
トライ=マクスウェルは、まだ敗北していない。
ゆっくりと立ち上がるトライは、体中が血が滲んでいた。
「・・・よぉ」
トライが口を開く。同時に、口から血がこぼれた。
「まだ勝負はついてねぇぞ?こっちにはとっておきの『隠し玉』があるんだからな」
「な、に・・・?」
そして、トライの頭上に何かが現れた。それは、円状で強い光を放っていた。円の中には、奇妙な模様が刻んであった。
紛れもない、魔法陣。
(なっ・・・!?魔術ッ!?)
ビカッ!!と、魔法陣から白い光が放たれた。コスモスは咄嗟に飛んできた光を避ける。次々と襲い来る光は、豪雨のようだった。
(くそ・・・避け切れな・・・!?)
「隙だらけだぞ、超能力者(レベル5)」
気が付くと、トライが目の前にいた。
「ッ!!」
そして、コスモスの腹部に強烈な衝撃が走った。トライの右拳が叩き込まれていた。白く眩い光をまとった右拳が、コスモスを正確に捕らえていた。
声を出すことも許されなかった。
ギュガッ!!と、凄まじい速度で吹き飛んだコスモスは、路地裏の壁に思い切りめり込んだ。
「・・・ぐ、っが・・・?」
口から血の塊が飛び出した。コスモスの体が、地面へドサリと落ちる。体が動かない。意識は明滅していた。そんな中、トライの声がかすかに聞こえてきた。
「・・・チッ、能力者が魔術使ったら、拒絶反応出てキツイってのによぉ・・・手間かけさせんじゃねぇよ」
トライはつまらなそうだった。コスモスは必死に動こうとするが、やはり体が言うことを聞かなかった。コスモスの意識が、徐々に遠のいていく。
最後に、トライの声がすぐ近くで聞こえた。
「んじゃ、あばよ」
直後。一瞬の激痛の後、コスモスの意識は完全に失われた。
4「2つの力の圧倒的な差」
Difference of over whelming force
「・・・おい・・・」
どこからか、声が聞こえてきた。
誰だ・・・?
そもそも今、自分はどこにいるんだ・・・?
「・・・おい」
謎の声が、再び声をかけてきた。口を開こうとしたが、思うようにいかない。声の主が、はぁ、とため息をついた。直後だった。
ズバチィ―――――ン!!と、凄まじい電撃が走るような衝撃が、頬を襲った。
「だぶばっ!?」
そこでようやく、コスモスは目を覚ました。
「いってぇ・・・え?何、ここ?」
見慣れない部屋だ。見ただけでも、かなり上等な造りだと分かる。そんな見慣れない部屋に、逆に見慣れた男が立っていた。
「・・・やっと起きたか」
「あ、兄貴?」
デュオン=フォルティッシモ。
コスモスの兄であり、未来都市第1位。しかも超能力者(レベル5)という区分ではなく、その先の絶対能力者(レベル6)という区分だ。能力は、実現不可能とも言われていた『多重能力』(デュアルスキル)。複数の、しかも高火力の能力を操れる、究極の能力だ。オレンジっぽい長めの髪に、ダークグリーンの長袖ジャケット。瞳の色は髪とほぼ同色、長身で悠に180cmは超えているだろう。コスモスとはまるで別人のようでとても兄弟には見えない。性格もコスモスとは正反対でクール。あまり他人を相手にしない。
「兄貴・・・まさかの平手打ち?」
「・・・まさかの平手打ちだ。・・・それとも何か?一発能力をかましたほうよかったか?」
「いや無理死ぬわ!」
コスモスが慌てて手を振った。能力など使用されたら、現代アート風味の面白オブジェに変えられるかもしれない。
「・・・なぜあんなところに倒れていた?」
デュオンが尋ねてきた。
「えっとだな・・・」
「・・・待て、当ててやる。お前、誰かに負けたな?」
「なぜ分かる!?」
「・・・あのシチュエーションなら、そう考えるのが妥当だろう?路地裏で傷だらけで倒れてたんだ。そうとしか考えられない」
「分かってたなら聞くなよ・・・」
デュオンは、意外にボケる。未来都市の頂点様は、なかなか厄介な性格なのだ。
コスモスは、これまで起こったことをデュオンに話した。
「・・・なるほど」
デュオンは淹れてきたコーヒーを一口飲んだ。
「・・・バーカ」
「悪かったな」
「・・・トライ=マクスウェルは、プロの魔術師だ。まともにやり合って勝てるはずがないだろう」
「えっ?・・・知ってんのか?」
実際、コスモスに『魔術』の存在を最初に教えてくれたのはデュオンだった。どこで学んだのかは知らないが、デュオンは魔術にかなり詳しい。
「・・・魔術サイドじゃかなりの有名人らしい。・・・能力者になったら魔術が使えなくなるのに、自殺行為をしてまでなぜそんな大物がなぜこの町にいるかは知らないが」
知らないというか、興味がないといった感じでデュオンは言った。確かに、トライの攻撃は凄まじいものだった。これまで、アウス=ゲレーナ、ケレイル=マグヌス、夜光戀鬼といった魔術師と戦ってきたが、トライは次元が違う気がした。
ここで生まれる疑問。
それほどの力を持っているのに、なぜこの町に来たのか?
そして、なぜあんなにも力に執着するのか?
コスモスが試行錯誤していると、
「・・・んで」
「んで!?いや・・・『んで』って・・・」
「・・・また戦うのか?」
デュオンが問いかけてきた。確かに、あれだけ強大な敵に立ち向かうなど、正気の沙汰ではない。それでも、
「・・・ああ」
コスモスの思いが揺らぐことはなかった。あれだけ強大で、歯が立たなかったにもかかわらず。
「無謀かもしれない。だけど、俺はアイツに知ってほしい。何の罪もない人を、自分の利益のために殺すなんて、そんなことは間違ってるって」
デュオンは、その言葉を聞いて眉をひそめた。
「魔術師としてのあいつに勝たなきゃ、俺の勝ちはない。できるかどうかはわかんねぇけど、やるしかねぇんだ」
コスモスは真剣な面持ちで言った。勝てるかどうか分からない。むしろ負ける確率の方が圧倒的に高い。それでも、コスモスは挑む。
「・・・そうか」
デュオンが、口を開く。
「・・・正しい道を歩む者は、これからさらに強くなれる。間違った道を歩む者は、既存の力が限界値、それ以上はない・・・お前は正しいヤツだ、コスモス。だから、常に前へと進んでいる・・・自分の力を信じてみろ」
デュオンの言葉には、説得力があった。そして・・・どこかにコスモスに対する優しさを感じられた。
その言葉を聞いたコスモスは笑みを浮かべた。
「・・・あぁ、ありがとな」
コスモスは一言告げ、さっさと部屋から出て行ってしまった。今日中に止めなければ気が済まないのだろう。
「・・・昔と変わらないな」
デュオンはつぶやき、コーヒーを口に含んだ。
「遅いんだよーコスモス遅いんだよー遅い遅い遅い~」
シャーテナが飼い猫のクレオパトラをいじりながら言った。そして唐突にガバッ!と起き上がり、
「こうなったらエレンスのとこに行くしかない!昨日で冷蔵庫が全滅しちゃったからね!!行くよクレオパトラ!!私たちの空腹を満たすため、いざ出陣!!」
「にゃーん」
トライ=マクスウェルはとある路地裏にいた。先ほどの魔術行使により、体には血が滲んでいた。正面には、新たなターゲットがいる。すでに獲物も傷だらけだ。
「ま、待ってくれ・・・」
「何を?」
「頼むからお前の私怨ってだけで殺さないでくれよ!!お、俺がな、何をしたってんだよ!?お前に才能がないっつったのは俺じゃねぇだろうが!!」
「だけどお前は関係者だ」
トライが簡単に反論する。
「俺の標的はな、あの計画に参加する能力者全員なんだ。お前がその25人目。言っちゃえばラストだ」
トライは指をバキリと鳴らす。そして、悪魔のようにニヤリと笑った。
「フィナーレだからな。とびきり派手にぶっ殺してやるよ。そうだな・・・じゃあ、人間フラワーってのはどうだ?肉を花びらにしてさ。咲き誇ったのは能力じゃなくて自分の体でしたーってな!」
「う・・・あぁぁぁあぁぁああぁあぁぁああああ!!!!!!!」
叫ぶ少年に、トライの手が迫る。
そのときだった。
「見つけたぞ」
トライは動きを止め、ゆっくりと振り返った。そして、声の主の方を見た。茶髪の少年だ。中肉中背の一般的な体格、シンプルで味気のないTシャツ。先ほど、トライが潰したはずの少年だった。
コスモス=フォルティッシモ。
未来都市第3位の超能力者(レベル5)。
「お前・・・何で生きてんだよ!?この手でぶっ殺しただろうが!!チッ、どうなってやがる・・・!?」
動揺するトライ。コスモスはトライに襲われていた少年に、「逃げろ」と顎をしゃくって促した。少年は、バタバタと駆け出して一目散に逃げて行った。
「さて・・・」
コスモスは少年がいなくなったのを確認して、トライの方を見た。
「今度こそ・・・お前の歪んだ心を、正しい方向に戻してやる」
あれだけやられても。
圧倒的な力を見せつけられても。
コスモスの信念は変わらない。
「ハッ、ほざけよクズ。俺が本気出しゃ、テメェなんぞ1秒であの世行きだっつの。自分が敗北者だってこと分かってんのかよ偽善者さん?」
トライは嘲るように言う。その言葉は、絶対の自信で満ち溢れていた。
「分かってるよ」
対して、コスモスは認める。それを分かってる上でここにいるのだから。
「だけど、それじゃ諦める理由にはなんねぇ。何回打ちのめされようが、何回叩き潰されようが、俺は立ち向かう!お前に、お前のやっていることは間違っているって知ってほしいから!!」
コスモスが、自分の思いをぶつける。
「・・・あぁ、そうかよ」
トライは不快な表情で頭を掻いた。そして、
「だったら気色悪ィ願い抱きながら、ここで惨めに死ね!!」
ゴォォ!!と、トライが突っ込んでくる。
コスモスも、それを迎え撃つ。
戦闘が、始まった。
トライは魔術の光を纏い、コスモスに突撃した。コスモスは波動をロケットのように噴射させ回避する。上空へ飛び上がったコスモスは、無数の波動を流星の如く地上へと放った。トライは襲い来る波動を、防護魔術によって防いだ。
「ぐっ・・・!」
トライの脇腹に血が滲んだ。拒絶反応だ。
(あいつは魔術を使うたび、体に傷を負う。どこかで限界が来るはずだ。俺に比べれば、あいつの方が不利だ。だから・・・)
「時間稼げば勝てる、ってか?」
トライの声が、恐ろしいほど鮮明に聞こえた。それもそのはず、いつの間にか、トライは上空に飛びあがっていたコスモスのすぐ近くにいた。
「何・・・ッ!?」
トライの背中には、何かが生えていた。
それは翼だ。薄い青に染まった、美しいと思ってしまうほど透き通った2枚の翼。
「あんまり甘く見るなよ」
直後だった。
バガァァァァァァァァァァァァァァンッ!!と、とてつもない一撃がコスモスを襲った。コスモスは恐ろしい速度で地上へと落ちていく。だが、
「ははっ!!おらおら、もっと俺を楽しませろ!!」
凄まじい速度でトライが迫る。その手には、光り輝く剣があった。
「くっ・・・!!」
コスモスは波動を繰り出し、トライを止めようとする。が、波動が直撃しても、トライはまるで動じない。
そして、
その斬撃は、嵐だった。
一振りしただけで、数十、数百の攻撃がコスモスを襲った。
「う、ぐおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
絶叫が夜空に響いた。トライの剣は、コスモスを正確に切り裂いた。だが、外傷は与えない。あくまで、『相手の内部を攻撃する剣』だからだ。
無力化したコスモスが、今度こそ地上へと落ちていく。
(・・・まだ、だ・・・)
明滅する意識の中、コスモスは必死に自分に言い聞かせる。
(勝てる、勝つんだ!!あいつに、絶対に!!)
グルッ!!と、降下を続けるコスモスがトライの方に向き直る。再び波動をジェット噴射させ、トライの方に向かっていく。
「おおおッッ!!」
音速を超える速度で、コスモスがトライに莫大な波動を叩きつけた。トライの体が吹き飛ぶ。
「くっ・・・」
(やるな、あの攻撃に耐えるとは・・・まぁでも)
トライはギュルン!と旋回すると、コスモスに向かって強烈な光線を放った。コスモスは高速で回避する。
(これが効かないのか・・・)
コスモスとトライは地上に降り立つ。戦闘場所は、輸送コンテナ場へと移っていた。
「お前、その翼は・・・」
「俺の切り札ってとこかな。『神の力』(ガブリエル)っつーんだよ。それを最大まで引き出したのが、この翼だ」
トライが簡単に説明した。コスモスにはよく分からなかったが、とにかく得体のしれないものだということは予想できる。
「でもまぁ、ここまで戦えただけでも十分じゃねぇか。今まで相手した中でも、かなり楽しめた方だぜ?」
だけどな、と、トライが言葉を区切った。そして告げる。
「この程度が、俺の力量だとか思うんじゃねぇぞ」
その言葉を聞き、コスモスは身構えた。
(まだ何かが・・・)
コスモスの思考はそこで途切れた。
ズオアアァァァァ!!と、トライの翼がさらに肥大した。
「な・・・」
次の瞬間、
トライの翼から、莫大な光が発せられた。
その衝撃は、全てを巻き込んだ。
積み上げられたコンテナは一気に吹き飛ぶ、もしくは粉砕された。地面には地割れが所々発生した。粉塵が、一帯を包んでいた。
「・・・ハッ・・・」
もう死んだ。確実に、あいつは死んだ。生き残れるはずがない。トライは勝利を確信した。体中に拒絶反応が出ていたが、それも気にならなかった。
「・・・ハハッ、ハハハ」
笑いが込み上げてきた。
「ハハハハハッ!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!!!」
体を仰け反らせ、腹の底からたっぷり笑った。何だか、スッキリした。やはり自分は強いのだ。そのことを改めて実感できたからだ。トライは、完全な勝利の余韻に浸っていた。
・・・だが、それもあっさりと終わってしまった。
ガシィ!!と、何者かがトライの首を鷲掴みにした。
「がッ・・・ぐぇあ・・・ぁ?」
(だ、れ・・・だ?)
トライの正面にいたのは、血まみれのコスモス=フォルティッシモだった。あれだけの攻撃を受けても、まだ生き残っていたのだ。
だが、何か様子が変だった。
体の傷とかの問題ではない。先ほどまでのコスモスと、何かが明確に違う気がした。
コスモスはトライの首を掴んだまま、空中へと持ち上げた。トライの首が容赦なく締め上げられる。
「ぐ・・・ぁ、がぁっ!?」
トライが必死に術を発動する。コスモスの周囲に現れた魔法陣。そこから放たれた光の束が、コスモスに迫る。
・・・が、消えた。
「ッッッ!!?」
何か特別なアクションがあった訳ではない。直撃の寸前で、強制的に打ち消されたようだった。
コスモスはゆっくりとした動作で、これまで下に向けていた顔をトライの方へと向けた。
瞳が、禍々しい赤に染まっていた。
顔の表情は全くない。
何を考えてるかも分からなかった。
(こ、こいつ・・・ッ!!)
次の瞬間。コスモスはトライを軽い動作で投げ捨てた。まるで、空き缶を放り投げるかのように。
たったそれだけで、トライの体は何十mも先に、とてつもない速度で吹き飛んで行った。トライはコンテナに激突し、多量の血を吐いた。
「ぐっ・・・ぼぁ」
背中の翼も消失していた。体に受けたダメージが、あまりにも大きすぎたのだ。
いつの間にか、トライの目の前にコスモスが佇んでいた。ブチブチと、引き裂くような笑みを浮かべて、トライを凝視していた。トライの体に、凄まじい悪寒が走った。
そのとき、ふと思った。
・・・あぁ、自分に殺されたヤツらは、きっとこんな気持ちだったんだな、と。
そして。
コスモスを中心に、科学でも魔術でもない、正体不明の莫大な力が放出された。
あまりにも、あまりにもあっけない、
2人の少年の決着の瞬間だった。
5「その後」
Fell in Darkness
どれくらい経ったのだろうか。コスモスは目を覚ました。とある病院のベッド上だった。コスモスがよく入院している部屋だ。
(俺・・・また入院・・・?)
頭がボーっとしている。まだ、視界がぼやけている感じがした。
「あ!コスモスやっと起きた!!」
聞きなれた声と共に、誰かがコスモスの顔を覗き込んできた。シャーテナ=アイントだった。
「ずーっと帰ってこないと思ったら、また無茶してきたんだね!?私がどれだけひもじい思いをしたか分かってるの!?」
シャーテナが怒鳴ってきたが、コスモスは言葉を返す気力がなかった。体はおろか、口を動かすのも辛かった。
「・・・あれ?コスモス、どうしたの?何か変だよ?まだ具合が悪いの?」
さすがのシャーテナもコスモスの様子がおかしいと思ったのか、心配そうな声色で言った。コスモスは軽く微笑むと、
「・・・大丈夫」
と、一言告げた。すると、シャーテナも微笑み、
「早く帰ってきてね。私、早くコスモスのご飯が食べたい。ね?クレオパトラ?」
シャーテナが抱えている黒猫がにゃん、と鳴いた。コスモスは「ああ」、と短く返事をした。シャーテナはそれを聞き、部屋から出て行った。すると、
「起きたか」
入れ替わりで、別の人物が入室してきた。
ディーン=グレイディ。コスモスの悪友だ。
「やっぱり最後は怪我して終了かぁ。コスモスらしいな」
ディーンが陽気な声で言った。
「体の調子はまだ良くねぇみたいだな」
「まぁ・・・そうだな」
「ま、当然といっちゃあ当然だ。何せ3日間も意識がなかったんだからな。無理もない」
「え?」
3日間も・・・。コスモスは驚いた。
「相当すげぇ戦いだったんだな。周りがめちゃくちゃだったぜ?コスモスちゃんが周囲に気を配んないで戦うなんて、珍しいな」
「・・・そうだ、トライ・・・あいつはどうなったんだ・・・?」
「行方不明」
コスモスの疑問に、ディーンは気軽な調子で答える。コスモスは唖然とした。まさか・・・自分は・・・。
「ま、とにかく今は体を休めておけよ」
ディーンはそれだけ告げると、出て行ってしまった。
「・・・」
コスモスは、ただ黙っていた。
(あのとき、俺の中で何かが・・・動いた気がした)
コスモスはあの時、トライに敗北したはずだった。だが、あの強大な攻撃を、コスモスは防いだ。防げてしまったのだ。そこから先は、覚えていない。
以前、コスモスは夜光戀鬼という魔術師と戦ったことがある。その時も、体から謎の力が発せられたことがあるのだ。
(何が・・・)
コスモスは必死に考える。
(俺の中に・・・何があるんだ?)
答えは、出そうにもなかった。
未来都市第1学区、『黒いビル』。
未来都市統括理事長、ユイエル=ウォーレンスは、自室の椅子に腰かけていた。
(さて、と)
ユイエルは満足げな笑みを浮かべていた。
(『鍵』は揃った。あとは実行するのみだな)
ユイエルは椅子から立ち上がり、大きな窓から見える未来都市の夜景を眺めた。
ここが最大の正念場だ。ここさえ乗り越えれば、あとは思い通りになる。ユイエルは机に置いてあったワインを一口飲んだ。
ユイエル=ウォーレンスのプランは、間もなく実行される。
トライ=マクスウェルは、とある路地裏にいた。コスモス=フォルティッシモの謎の一撃で、体は限界を超えていた。
これ以上は無理だ。もう一度あいつに会ったら死ぬ。あの力はあまりにも強大すぎる。思わず、ハハッと小さな声で笑った。死なないのがおかしいくらいだ。
と、そのとき、ふらついていた足がほつれ、地面に倒れてしまった。それほどまでに、ダメージが大きかった。
トライは地面を這って、壁に背中を預けた。
(もう・・・動けねぇなぁ・・・)
トライはぼんやり思った。
(・・・ったく、何やってんだ俺・・・本ッ当にバカだな・・・)
自嘲し、瞳を閉じた。
これで、何もかも終わり。
全てを失った気がした。
しばらく経ったときだった。複数の足音が聞こえてきた。夜中ほっつき回っている不良か、見回りの警備員(アンチスキル)か。
(まぁ、どっちにしてもどうでもいい・・・)
だが、不意に足音が消えた。トライが目を開けると、目の前に数人の男がいた。しかし、トライが注目したのはそこではなかった。
「どいてください」
男たちの後ろから、少女の声が聞こえた。男たちはその声に従い、道を開けた。
12、3歳くらいの少女だった。シンプルなTシャツに、こげ茶色のような髪。瞳の色はサファイアのように美しい青だ。
その少女はトライの目の前で立ち止まった。
「あなたがトライ=マクスウェルですね」
「だからなんだ」
「例の事件のことはお伺いしています。もちろん、第3位の超能力者(レベル5)に撃破されたことも」
少女の声は、見た目とは裏腹に冷たいものだった。
「あなたにはもう、『表の世界』で生きていく権利はありません。そのことは自覚していますか?」
「・・・誰だよ、お前」
トライは逆に質問した。
「・・・私はクレー=バレンシア。暗部組織『スコーピオン』のメンバーの1人です」
「暗部・・・?」
「簡潔に言えば、裏社会で暗躍する組織のことです」
「なるほどな」
それを聞いて、トライは大体のことを悟った。
「そういうことか」
「えぇ。あなたはこれまで、計24人もの高位能力者を殺害しています。それだけ戦闘力の高い人間なら、『こちらの世界』でも十分に活躍できるはずです」
トライは黙って聞いていた。
「・・・もちろん強制ではありません。決定権はあなたにあります。私は、あなたの考えに従います。イエスなら、あなたを私たちの仲間として歓迎しましょう。ノーなら、この場で抹消します」
クレーは、小型の銃を取り出した。つまり、生きるためにはこの町の闇に堕ちなければならない。断れば死ぬだけ。
理不尽な問いかけだと、トライは思った。
「で、答えは?」
クレーの問いに、トライが答える。
「勝手にしろよ」
「分かりました」
バァァン!!と、銃声が鳴り響いた。
トライの体が、力なく倒れた。
銃しまい、クレーは周りの男たちにに命令した。
「トライ=マクスウェルを速やかに回収。私たちのアジトまで運んでください」
男たちはそれに従い、ゴム弾を受けて気絶したトライを近くに停めてある黒いワンボックスカーに乗せた。クレーはそれを見送ると、もう1台のワンボックスカーに乗り込んだ。
「あいつ、本当に使えるかね?」
運転席の男、カーネル=ディーグがクレーに声をかけた。この男は、かつて別の組織のリーダーだったが、諸事情で今では『スコーピオン』の下っ端までになってしまっていた。
「さぁ。少なくとも、あなたよりは使えるんじゃないですか?」
「厳しいなぁ・・・」
と苦笑いし、カーネルはワンボックスカーを発進させた。
トライ=マクスウェルは、裏の世界への門をくぐった。
その先にあるのは、
とてつもなく暗く、深い、
闇。
あとがき
サイトに移してから最初のコスストです。今まで3DSで応援していた方々、突然の移行、そして長らくお待たせして申し訳ありません。
コスモスです。
さぁ!復帰一発目はかなりダークなお話です。今回の敵はかなりの強敵でしたね。コスモスを敗北まで追い込んだのは、今回のトライが初でございます。
コスモスの謎の力は、前回の発動よりもさらにパワーアップしました。今後どのようになっていくか、興味を湧き立たせることはできてたでしょうか?
メインヒロインの出番が少ない気がしますが・・・あまり気にしないでください。ちゃんと後から出番が増えていくので。
尚、長期間放置の結果、一部キャラのデザインが変更になっています。紛らわしくてすいません。
では、今回はこの辺で。こんな小説家気取りのド素人ですが、これからも応援いただけたら幸いです。
銀髪ツインテール中学生の扱いの酷さ、どうにかしないとな。
あ、ちなみにゲコ夫も募集キャラですよ。
・・・カエルの要素はどこに?w